路銀ライフ

2026 - 01 - 23

15時に起きたが18時まで何もしなかった。

この侍ガブリアスに見える。

18時から作業を開始した。ちっちゃゲームの開発。Unityでゲームを作るときいつもやっている気がする、CSVファイルからテキストデータを読み込む実装。クリックでテキストを送れるようにもした。

明日は、引き続きテキスト周りの細かい仕様を詰めていくこともできるけれど、それよりも一旦別のところの肉づけ作業に回ったほうがいいかな。大きな仕事からやっていく。仮イラストをちゃんと描いて完成させるか。キャラクターを動かす実装にLive2DかSpineの導入を考えたけれど、これらをやってるとちっちゃゲームじゃなくなる予感がしたので、Unity 2D Animationを使うことにした。いずれにしろ、明日はイラストを完成させることかな。

永井均『これがニーチェだ』よくわからなくなってきた。書いてあることが何を言っているのかはわかっている気がするのだけれど、ずっと同じこと(空間内部の論理で方向づけられる力への意志を誠実さのもとに貫徹すると、それはいずれ空間自体を解体することになる、このような循環が真理や道徳にはつきまとう、ということ)を何度も何度も言われている気がする。僕には同じことを言っているように見える各パラグラフにも、たぶんそれぞれに永井均が別種の感銘を受けたポイントが潜んでいるのだと思う。その微妙な違いを、汲み取れていない感。

死滅回游編4話、最高すぎ……。リソースどうなっている。こんな破格のクオリティの作画と演出のアニメーションを毎話連発していて、大丈夫なのか。なんだか怖くなってくる。すごすぎて。呪術廻戦、すごすぎている。

ハンチバックの主人公は40代にして、通信制大学に在籍して学んでいた。外界に出ない彼女にとって、大学生という身分は大切な社会とのつながりの一つだった。

僕はもうすぐ大学を卒業するわけだけれど、またいつでも大学に入りたいよって思う。誰もがそう思っているかな。大学という機関には、何度でも入りたい。大学生という期間を何度でも繰り返したい。学びたいことがいくらでもある。

もしまた大学生になれるチャンスがあったら何学部/学科に入ろうかな。美術はもういいや。美大はわざわざ在籍しなくともライフワーク的に制作はしているだろうし、座学的に学べることの総量は美大は少ない。哲学もいいかな。哲学の本は読むの好きだけれど、ゼミとかで議論したくないし、卒業論文として新たな知見を提出できる気もあまりしない。数学や基礎科学に関しても同じことを思う。楽しいし好きだけれど、数学の論文など到底書ける気がしないな(数学科は学部生は卒論を書かないんだっけ)。

やるなら、情報系か、文学か語学かな。この辺はいくらでも勉強するモチベーションがあるし、研究する気もある。何か追究したい分野を見つけて論文を書くこともできると思う。

情報系はそれこそAIのディープラーニングとかの理論にも興味あるし、デジタルアートの方面に舵を切ってもやれる。

文学は(文学にあたるのかよくわからないが)表象文化論のほうに興味がある。研究の過程でいっぱい作品を見られるのが嬉しい。社会学的に作品を読んでいってもいいし、表現史的に読んでいくのも楽しそう。美学研究に行ってもいい。あと、表象文化論とは別に、宗教の研究とかもしてみたい。

語学は素朴にやりたい。外国語を学びたいし、外国に行きたいってだけ。留学でもしつつ4年かけて勉強していれば、その言語の使われる国で行動できるようにはなるだろう。そうしたら、また新しく気になることが増えていって楽しそうだな。でも語学というのは、それ自体では大学の研究科目になってない気がする。語の文法とか会話の勉強自体は1年生とかで終わって、2年生以降は語に関するメタな研究(言語学)か、あるいは修めた言語圏の社会学とか文化研究などに進んでいって、論文を書いていくのだろう。まあそれも楽しそう。

などと。夢の話。今のところ夢の話でしかない。学費とか、人生とかあるから……。現行の僕の人生に、そのようなことしてる余裕はない。取り急ぎ、労働者にならないといけないらしい。つまんな。

フリーレンみたいに旅をして、旅を続けるための金が足りなくなってきたら近くの街に宿をとって、しばらくその街で労働をしてまた旅の続きができるようになるまで路銀を貯める、みたいな考え方で労働をしていけたらな。