Hになるほど硬くなるものってな〜んだ? 全て答えなさい。

一睡もできなかった。ハイキングは無理だ。6時50分に祖母が扉を開けて僕に「新聞取ってきて」と言うまで、ほとんど何もせずに過ごした。
起き上がって、玄関を出て、ポストから新聞を取りだした。新聞は冷たかった。冬は新聞も冷たいのだな。
7時に怪奇現象。トイレで用を足していたら、背後にあった置き時計のアラームが突然鳴りだしたのだ。なんでトイレの目覚まし時計なんかつけてる? 振り返って、時計を見る。すると、アラーム機能は「OFF」になっていた。奇妙。とりあえず音を切った。
奇妙なことはまだ続いた。トイレの置き時計の音を切っても、まだ音が聞こえているのだ。別のところから。同じアラーム音が。
トイレを出て音の聞こえてくる方向に行くと、そこは父の部屋だった。父のベッドの脇にあった置き時計が、同様に鳴っていた。これは父がふだん寝起きに使っている目覚ましなのかな? しかし今リビングで朝食中の父は、一向にこの音を消しにくる様子がなかった。僕はまた音を切った。これもトイレのと同じでアラーム機能はOFFになっていた。アラーム機能をつけていないのに、勝手に音が鳴るなんて。
リビングに行って、父と祖母にトイレと父の部屋でアラームが同時に鳴ったんだけどどういうこと? と訊いた。二人とも「?」という反応だった。どちらも目覚ましなんかつけてないらしい。祖母はこの怪奇現象に不安になって「あんたたち交通事故に気をつけなさいよ」などと言った。
僕も朝食を摂った。
その後名探偵になった。「アラーム 勝手に鳴る」とかで検索してみると、どうやら電池残量がほとんどなくなりかけた目覚まし時計は、ノイズによって回路が誤作動して、目様まし機能をONにしておらずとも勝手にアラームが鳴ってしまうことがあるらしい。
二つのアラームが同時に鳴ったことついては、アラームの音源が同一だったことからあてがついた。僕はトイレと父の部屋それぞれの置き時計を改めて観察した。やはり。どちらも同じメーカー(MAG)の同一製品だった。そしてひっくり返して裏面を見ると、どちらにも「〇〇高校」と、僕の在籍していた高校の名前がプリントされていた。
つまりこういうことだ。トイレと父の部屋にそれぞれ置いてあった置き時計は、どちらも僕が高校の卒業記念として卒業式か何かのタイミングで高校で貰ったものだったのだ。この二つは同一のタイミングで製造され、同一のタイミングで電池を入れられた。だから、同一のタイミングで寿命を迎え、同一のタイミングでアラームの誤作動を起こし鳴りだしたのだ。どちらも我が家では一度もアラームとして使われたことはなかったから、鳴る時刻もデフォルトの7時00分で揃っていた。
この真相が面白かったので、父と祖母にこれを話した。父は「そんなこともあるんやな」と言った。祖母は「その小っちゃいスマホでそんなこと(電池が切れかかった時計はアラームが勝手に鳴ることがあるということ)まで調べられることのほうが、私には不思議やわ」と言った。
体調が悪い。喉が腫れているようで、すこし息がしづらい。また、片目が充血しているのと、鼻炎の症状も出ている。咳も。
約一年前に実家を出て以来、ここに戻るたびに、程度の差はあるが必ずこんな感じの体調になっていた。以前からうっすらと気にしていたのだが、一つの仮説がある。もしかすると僕は、猫アレルギーなのかもしれない、という仮説……。家出する以前の、猫と同じ屋根の下で暮らしていたこれまでの生活では、日常的に曝露していたから症状が出なかった/アレルギー体質じゃなかったのか(アレルギーってなんかそういう性質あるよね)、あるいは症状が常態化しすぎていて意識していなかったか。
今度病院でアレルギー検査してもらおうかな。まだハウスダストアレルギーとかの可能性もある。証拠が出るまで認めたくない。この僕が猫アレルギーだなんて、そんなの、死ねって言われてるようなものじゃん。

MacBook棄てられている。実家を出たら、アレルギーの症状はすぐに治まった。衆議院選挙の投票をおこなうため、祖母と手をつないで投票所に行った。いつも使っている投票所が非アクティブになっていたので、遠くの投票所まで行く必要があった。期日前にしてはかなり混雑していた投票所で、長蛇の列に並んで待ったのちに僕の𝐁𝐈𝐆 𝐕𝐎𝐓𝐄をぶちこんできた。大きすぎて投票箱に入りきらなかった。
投票を終えて、祖母と別れた。別れ際に「うちにはたまに来てね。これからは[猫]ちゃんを撫でるときはマスクを着けなさい」と言われた。

若葉台に行った。公園で寝そべって、パートナーと合流するのを待った。

若葉台のコーチャンフォー(書店)が岩波文庫とちくま文庫とちくま学芸文庫の在庫を全点棚に揃えたことがXで話題になっていて、パートナーがそれに興味を示していたので、僕も誘われて来た。
パートナーは抱えた買い物かごに、けもケットのときの僕のように容赦なく本を入れていった。「どういう基準で買ってるの?」と訊いたら「うーん、持ってないやつ?」とのことだった。怖。僕は適当に立ち読みしていた。なんか気になるものあったら奢るよと言われたが、フェアで全点揃った壮観な書棚のなかにも、読みたい本は見つけられなかった。

関係なく岸政彦『生活史の方法』を買ってもらった。社会学研究として『東京の生活史』など巨大なインタビューのプロジェクトなどをやっている著者の本。以前友達が卒業制作にインタビューをしていて、それがとても面白かったので、僕も似たようなことをやりたいと思うようになった。読んだら何か参考になるかも。
とはいえ、僕がインタビューについて感じている興味の対象は、友達の卒制や岸政彦が実践したインタビューのそれとは少し違うかもしれない。僕は人の会話を文字に起こすのが好きなのだ。会話の内容にはさほど興味がない。口で交わされる言葉のやりとりがテキスト化したものが放つ、素朴に書かれた文章とは違う趣きというか、会話それぞれに宿る個別で固有の文体のあらわれを見てみたい。身近な人と話して、話したことを録音して、それを文字に起こしたものをこのサイトに並べてみようかなあという計画を最近考えています。

コーチャンフォーでパートナーと別れて、僕は電車に乗って渋谷に移動した。↑のインタビュー計画をさっそく実行しようと思って、友達のpを晩御飯に誘っていた。今日動きすぎ。ほぼ寝ていないのに各地を動き回ったので、腰が激烈に痛かった。通常の体勢を維持できなくて、駅のホームではしゃがんで電車を待っていた。
渋谷のマグネットのふもとでpと合流した。pは僕以上に体調が悪そうだった。「家を出た瞬間に身体中がだるくなった」とのこと。我々は満身創痍の身体を引きずりながらパスタ屋さんに行き、パスタ等を食べた。iPhoneのボイスメモで会話音声を録音しながら、pの人生やその周辺についてあれこれ対話をした。楽しかった。録れた音声データの尺は140分くらいになってしまったので、文字起こしするのも一苦労だ。
帰宅。pからLINE。送られてきたのは、38.4℃を示した体温計の写真だった。お前ずっと高熱出しながら140分喋っていたのかよ。ごめんね。
僕のほうも限界。意識を失うように眠る。