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9時の目覚ましの音で起きた。姉はベッドからスッと身体を起こし、てきぱきと歯磨きや朝食の準備をした。すごい。対照的に僕は、真顔で寝そべったままだった。だんだんと罪悪感が募ってきて、ようやく上体を持ち上げた。姉は朝食を出してくれた。

ケーキを食べた。白子の脳味噌みたいな見た目のケーキだ。「白子の脳味噌みたいな見た目のケーキだ」と言うと、姉に「白子に脳味噌はない」と言われた。Happy Halloween。
姉はそのままてきぱきと、妖怪ウォッチ4を起動した。姉は「極・えいゆう場所」をクリアするために、パワーのある装備「覚醒エンマ魔笛(ブレス)」を購入したがっていた。そのためには、44,000GP(ごっつぁんポイント)という途方もないポイントを稼ぐ必要があった。
スマホをいじりながら見守っていたら、いつのまに44,000GPに到達していた。

満を持して、姉は覚醒エンマ魔笛(ブレス)をゲットした。僕も喜んだ。
しかし、それをもってしても姉のパーティは、極・えいゆう場所には敵わなかった。理由は明白だった。メンバーの中に、ポケモンでいうナゾノクサみたいな明らかにスペックの低い妖怪が一体入っていて、そいつが脚を引っ張っているのだ。

これ。でも姉は頑なにこの子を外そうとはしなかった。コマさんに替えるだけでも幾分か良くなるはずだけど、「コマさんよりこっちの方が可愛いから」と譲らなかった。そこまでこだわるのなら、僕から言うことはもうなかった。愛する妖怪がいるなら、その子と一緒にクリアすべきだ。たとえシビアな道となろうとも。僕は姉を応援した。
お昼になって、僕たちは五反田のコワーキングスペースに移動した。我々は無言で作業をした。姉は液タブに身体を埋め、黙々と漫画を描いていた。僕は明日の大学の中間報告会のために、作品プランをまとめた資料を作った。
作業。珍しく集中してできた。途中三回くらい机に突っ伏して寝たけど。でもそれはやる気がなくてさぼりたいからではなく、本当に眠くてかなわんからだ。そしてそういうときは、変に堪えようとするよりも5分10分目を瞑った方が、その後頭が冴えて効率がいいと思う。この自分なりのルールは、受験期に開発した。僕は、作業中はこまめに寝る方が良いのだ。
夕方になった。僕と姉は、品川のロイヤルホストまで歩いた。御殿山、高輪の高級住宅街を見ながら歩いた。高そうなマンション。通りがかる人たちも、金目の物を持っていそうに見えた。彼らに連れられて、首周りが光っている犬が何匹も散歩していた。最近の犬は、安全のため夜に光る。姉はいずれ、引っ越して犬を飼う予定だそうだ。ビーグルと一緒に住みたいらしい。名前はどうする? と訊いたら、「イワン」と即答された。僕は呆れた。姉は昔から「イワン」という名前を気に入りすぎているきらいがある。昔、地図帳を開いて見つけたイワノフランコフスクという都市の名前が由来らしい。一応僕からも、いくつか他の名前の案出しをした。「ピーチ」「ケルン」「アウトバック」など。
アウトバック品川高輪店の隣に、目的のロイヤルホストがあった。そこで、僕のパートナーと合流した。今日は僕と、僕のパートナーと、姉の3人でご飯を食べるのだ! パートナーと姉は初対面だった。僕が2人に一緒にお食事しませんかとお願いしたのだ。
僕とパートナーは、ずっと共通の知人がいなかった。長らく閉じた関係性だった。でも最近、僕は彼に対する理解をもっと深めたいという思いが強くなっていた。その取り組みの一つとして、我々の間に他者を投じてみることにしたのだ。第三者が混ざったとき、パートナーはどんな一面をあらわにするのか。逆もまた然り、僕のパートナーと出会った姉はどんな表情をするのか。僕はこの日がずっと楽しみで、1週間待ち焦がれていた。胸が躍っていた。彼らからしたら、僕の個人的探求のためにわざわざ知らんやつと接続されて迷惑と思っているだろうなという不安もあったが、僕はそれ以上に興味がまさってしまった。
我々は席につき、注文をした。最初、姉とパートナーは初対面らしく、住んでいる街の話とか、仕事の話をしていた。僕はパートナーが社会性を発揮して当たりさわりない話をしているのが面白くて、観察していた。相手に質問をして、その返答から自分との共通点を見つけて膨らますみたいなやつをやっていた。僕の苦手なメソッド。会話ってやつだ。でも、僕と二人きりのときの彼は、こんなに早口で話さない。声も心なしか普段より上ずっている。まさに彼の知られざる一面を見れた感じがして、愛おしくなった。
姉の方は、平時と全然変わらないテンションだった。特に緊張もしていなかった。大人だ。というかパートナーも、大人だった。だんだんと気づいた。なんだか普通に、二人とも、楽しく会話してない? どちらも無理をしている様子はなかった。僕はもっと、ディスコミュニケーションが起きて気まずい空気になることを期待していた。実際は、僕だけが子供なのだった。僕だけが一人でほくほくして、デスゲームの主催者のような気分に浸っていた。別に二人は、まっとうな大人だったので、初対面でも軽く打ち解けてしまったのだ。なんなんだと思った。

パフェ。
僕は姉に「話題膨らましてくれ」と指示された。僕は、現状のトークはまだ安牌な話題止まりだと思ったので、もっとディープで角が立ちそうな話をしてもらおうと画策した。そこで、それぞれのパーソナルに関わる闇っぽい話題を持ち上げた(具体的には書けない)。結果として、彼らはその話題に応じてより個人の感情や信条にまつわる話を交わしつつも、そこからまたお互いに好きなドラマ『昼顔』やら映画『羅生門』やらの話につなげたりして、コミュニケーションにいっそう弾みをつけてしまった。僕もその輪に入った。うーん。このテーブル、全然気まずくないなぁ。僕がコーヒーを汲みに席を外している時も、2人がにこやかに喋っているのが遠くから見えた。
なんだ! この感情は。
その後、姉の家から僕が持ってきた『認知バイアス大全』という本を広げて、3人でそれを読みながら正常性バイアスやダニングクルーガー効果、トキシック・ポジティビティなどの様々なバイアスについて語り合った。
この前僕がつくった犬に名前をつけるゲームを、3人で遊んだ。ランダムで表示される犬の画像に交代で名前をつけていって、ビーグルを迎えるときの参考にした。
パートナーがRoute66に行ったときの写真を、iPadでスライドショーにして見せてくれた。姉もアリゾナ州に行ったことがあったので、アメリカ旅行の思い出話を交わしあった。盛り上がっていた。
誰かが英英辞典に記載のとある単語の意味を読み上げて、他の2人がその単語を当てるクイズをやった。
Q-1. words, events, or people that are ××× have no real worth or value
Q-2. a long journey with a lot of adventures or difficulties
Q-3. a term for sudden death caused by overwork
Q-4. someone who is determined to change what is wrong, but who does it in a way that is silly or not practical. This name comes from the main character in the humorous book ××× by Miguel de Cervantes. ××× wants to be a knight like the characters he admires in old stories, but when he tries to copy their adventures and behaviour, he makes many stupid mistakes.
3人とも、自分のスマホと睨めっこしながら問題を探した。そのあいだの時間、我々は黙りこくっていた。沈黙を共有していたのだ。
ひと通り遊んだあとも、僕たち3人はたっぷり話した。やがて閉店時間が訪れ、店内BGMが止まった。我々は店を出て、品川駅まで歩いた。品川で別れ際に、2人は「ありがとうございます、今日すごく楽しかったです」などと、満足を表明した。
ご飯会は終わった。僕が引き合わせた姉とパートナーは、それなりに楽しい時間を過ごしてくれたらしい。LINEで姉は「すごく話しやすかった」と言ったし、パートナーも「このトロヤくんにしてこのお姉さんありという感じで、話しやすい人だった」と言った。僕は、僕は、僕は、
?
2人とも楽しんでくれたなら、良かったか。僕自身、好きな人たちをつなげられて面白かった。パートナーの今まで見られなかった表情も見ることができたし。今後また3人で会っても、楽しくなりそうな雰囲気だ。
?
???
めっちゃ楽しかったな。
?

僕はりんごの皮を剥いた。
今の僕の感情のような形をしている。
そういうことにする。
寝る。
A-1. hollow
A-2. odyssey
A-3. karoshi
A-4. Don Quixote