ジャガーノートの眼
「ジャガーノート」とは止めることのできない圧倒的な力を意味する言葉だが、もとはヒンドゥー教の神「ジャガンナート」に由来する。

そのジャガンナートは、顔がちょっとかわいい。
17時に起きた。会社の人とミーティング(といっても、僕が進捗を出していないためほとんど雑談)をした。「最近どうですか?」と訊かれ、僕はそれはもうべらべらと、自分の最近を伝えた。それがいいことだったのかはわからない。お相手はカウンセラーではなくビジネスパートナーなのに、関係のない極めて個人的な悩みを話して、感情労働を強いてしまった。でも、ただ「最近は、だめです。つらいです」とだけ言うのは、失礼な気がした。結果として悩み相談みたいな場に甘んじてしまうとしても、自分が今どういった状況にあるかをつぶさに伝えていく方が、相手に対しても真摯であると思ったのだ。
僕は彼に、「僕は今、自分がいつまでにこれをやれるみたいなことをまったく確定的にお伝えできない状況なのですが、きっとこうすべきだなと思っている指針が一つだけあります。それは、あなたと話すことをやめないことです」と言った。どんなに合わす顔がない状況でも、会社の人とは密に連絡を取りあっていきたい。ミーティングがあるたびに、今日は怒られないかな、見放されないかな、ため息をつかれないかな、と心がもげていた。それでも、その怯えを理由に窓口を勝手に閉鎖などは絶対にしない。怯える気持ちから逃げずに向き合い、自分の力で解きほぐして飲み込む。そして社会人として、背筋を伸ばして相手に向き合う。これは、乗り越えられる試練だ。
彼は僕に、「Death the Guitarはもう、トロヤさんそのものなので、無理のない形で向き合っていってくださいね」と言った。Death the Guitarは、僕そのもの。いい考えだと思った。そうだ、僕が生きるのと同じように、Death the Guitarを作っていけばいいのだ。Death the Guitarを作ることで、生きればいいのだ。「Death the Guitarは、僕そのもの」。まだ漠然としたイメージしか抽出できていないけれど、何か大きな活路を秘めたテーゼだ思った。
ミーティングが終わると、また寝た。どれだけ寝るんだ? 随分とおねむさんやね。
起きたら、やらなければいけないことを思い出した。ポートフォリオの作成! 〆切は明日の朝9時だった。
僕は机に向かおうとした。向かおうと、した。
結論。

僕はこのような精神状態に陥り、なんの進捗も出せなかった。午前3時。やればできるけど、やれないので、〆切に間に合わせることは不可能と判断した。僕は先方に〆切までにポートフォリオを完成させることは難しい旨、そのため今回の応募は辞退させてほしい旨を伝え、謝罪した。
寝る。
これだけの不義理を重ねた手前で自分勝手な考えかもしれないが、僕は休むべきだと思った。休養すべきだ。日記を読み返して気づいた。過去の自分たちは、結構悲鳴をあげてる。明らかに抑うつ状態の日が多い。今日の自分も、もしかしたら泣いている可能性がある。シャワーを浴びたあと、どこにも行きたくなくて洗面所に座っていたし。僕は、自分の悲鳴になるべく気づかないようにしていたのだと思う。色々なプロジェクトが並行しているなか、就活が本格化してきているため、〆切の嵐がまもなく来る。これからそれに立ち向かっていかねばならない自分が、もっとたくさん学んで面白くなっていかなければならない自分が、このタイミングで「僕はうつ病だ」などとマジな泣き言を言ってしまったらお終いだ。そう思っていた。だから、なるべく誤魔化した。自分の思考の中から除外した。日々に個別の暗闇があるだけとみなし、なぁなぁな態度でこなしてきた。
でも、方針変更だ。僕は休む。年単位にわたり僕の生活を大きくさえぎる「病気」というジャガーノートの存在を認め、それに僕はいま罹っていることを受け入れる。その回復に、はっきりと一番の優先度をつける。
就活はさすがにするけど、時期と数を選ぶ。課題制作のときは課題制作に、Death the GuitarのときはDeath the Guitarに、それぞれ専念する。何か複数のことを同時に考えなければならない状況をつくらない。時期的に制作の邪魔になるエントリーなどには、応募しない。一つのことだけに注力し、それを無理なく継続できるだけのエネルギーを、休んで養う。もしエネルギーがなくて作業ができなかったら(今の状態はこれだ)、作業は一旦忘れて休養に専念する。
明日は休養する。休養ってどうすればいいんだろう。睡眠が一番大事だが、それは現時点でも十分摂れている。とりあえず眠れるだけは寝て、残った時間は、なんの制約もない時間を過ごそう。プールで泳ぎ、情報の勉強の続きをしよう。やる気がなかったら、泳がなくてもいいし、勉強もしなくていい。やりたいと思ったことだけをやる。
僕は自分に「おつかれさま」と言い、行動でそれを示さなければならない。
寝るところから始める。