オデッセイ

2024 - 11 - 08

この記事の内容は、コンディションの悪い状態の僕の主観と曖昧な記憶に基づいて書かれているので、実際と異なっている可能性がある。

なぜか徹夜していた。でもおかげさまで部屋のお片づけは完了し、ティッシュは一掃された。

久しぶりの朝陽。学校に行かなきゃ。

朝食後に服用する薬を、飲み忘れたまま家を出てしまった。こういうときのために、財布にも錠剤をいくらか入れていた。自販機で綾鷹濃い緑茶を買って、錠剤を流し込んだ。

今日はとにかく色々なことがあった。明日も早いし、とても疲れているので、ファクトベースで書き下していく。

キャリアセンターの方と、面談をした。先日つくったポートフォリオを見てもらった。「構成について、現時点でこの仕上がりなのであれば、私から特に言うことはないです。まだ荒いところはいくらでもありますけど、それは周りからフィードバックを得るなりして、最終的に自分の判断でブラッシュアップしていってください。作り方はわかっているように見えるので」と言われた。基本的な方針はこれで良いらしい。少し拍子抜けだった。僕はレイアウトの大部分をパクらせてもらった友人に、感謝の念を送った。

「このポートフォリオ、伝えたい情報がしっかり配置されていて、一見良い人材に見えます。でもじっくり読んでいくと、語るポイントを無理して選んでる感じが伝わってきます。私は、このポートフォリオの人は一人で没頭するようなゲームが好きで、譲れない作風があるんだろうなって思いました。あなた、本当に大手のゲーム会社に行きたいんですか?」と質問された。僕はびっくりした。そんなことまでわかるのか。そして、ポートフォリオはそんなことまで伝えてしまっているのか。僕は「本当の本当は、会社勤めしないで、自分のゲームを売って生計を立てていきたいです。でもまだ僕はそんなお金を稼げていなくて、働かなくても健康に生活できる見通しが立っていないんです。だから、新卒カードを捨てるのは嫌なんです。とりあえず今は、全力で就活しようと思っています」と言った。面談相手の方は、納得したような顔をして笑った。「あなた、入社しても数年で辞めそうですね。もっと規模の小さな会社でのびのびやるのもいいんじゃない?」

次に僕は、ずばり志望する会社に入るにはどうすればいいですか? と訊いてみた。すると「どうすればいいとかはありません。トロヤさんの性格が、その企業の性格とマッチングするかどうかです」と言われた。実力や経歴が申し分なくて、ポートフォリオがいかに充実していても、結局一番重視されるのは「人となり」のようだった。

それを聞いて、僕はすこし吹っ切れたような気持ちになった。就活は所詮、巡り合わせのゲームなのだ。人間性というのは、虚飾するのが難しい。僕は僕、トロヤマイバッテリーズブライドという固有の人間性を携えて”トロヤらしく”面接に挑むしかないと思った。それが志望企業の雰囲気に似つかわしいものかどうかは、僕にコントロールできることではなかった。傾向や対策を練っても仕方がないのだ。もし落ちたとしても、それは僕の人間性がその会社にマッチしなかっただけで、僕にとって本当に居心地のいい会社はそこではなかったというだけなのである。

「受け答えに自信がないんですけど、面接練習とかしたほうがいいですか?」と訊いたら「私は、面接練習というのは基本的にはおすすめしていません。君に関しては、やらないほうがいいよ」と言われた。これも拍子抜けだった。曰く「だって、最終面接でどんな質問が来るかなんて、人それぞれでまったく予想できないでしょ。一問一答で頻出の答えだけ練ったところで、ぎこちないパターンが生まれてその人らしさが隠れてしまうだけ。それよりはもっとワイルドに自己分析を深めて、どんな質問に対してもあなたらしい答えを見出せるようにになってください」あなたにとってゲームとは何か、遊びとは何か、面白さとは何か、そのあたりは言語化できておかないとだめでしょうね、と言われた。

その後僕は、各ゲーム会社について「ここって良いですか?」「給料悪くないですか?」「僕に合ってそうですか?」などと訊きまくった。かなり参考になった。聞いてて気づかされたのは、そもそもゲーム業界は今、全体として苦しい状況にあるということだ。資金の確保のためには、既存IPのタイトル開発を擦り続ける必要がある。それが破綻せずに続いている一部の会社だけが懐に余裕を持ち、新奇的なプロジェクトの立ち上げにリソースを傾けられる。だがそのプロジェクトたちも多くが、人目に届く前に、社内でポシャってしまっているのが現状だ。各大手の内情について調べていくにつれ、僕にとって魅力的といえる働き場は、もしかしてさほど無いのではないか……という思いが強まっていった。世知辛い。

面談が終わった。「すごく勉強になりました。ぜひまた話したいです。あ、でも面談練習は必要ないので、またここに来るための口実がないですね……」と言うと、「ポートフォリオの中身を増やして、もう一度添削して欲しいって言えば来れるんじゃない?」と言われた。僕はお礼を言った。

一つ上の学年に、僕が志望している会社の内定をとった先輩(例の「人格者」)がいるらしいので、その方に話を聞いてみようと思った。名前も性別も知らないが、研究室に尋ねれば繋げてくれるだろう。研究室に行った。「繋いでいいかどうか本人に確認しておくね。連絡先教えてくれる?」と言われたので、僕は紙に名前とメールアドレスを書いて、研究室の人に渡した。

もうすぐ昼休みが終わり、授業が始まりそうだった。教室には僕以外に、2,3人学生がいた。このクラスの学生は6〜7割が遅刻してくるので、この時刻だとこんなものだった。その2,3人のなかに一人、ゲーム作りが好きっぽい人がいた。あまり話したことはなかったが、ちょうどいいタイミングだと思って、僕は彼女のテーブルに行った。「○○さん、今話しかけていい?」と言った。

「いいよ、何?」と言われた。「〇〇さんってたしか、ゲーム会社目指してたよね、就活の調子どう? やってる?」と訊いた。すると〇〇さんは、椅子にドサッと座り「いやそれなんだけどさ。私もともとソシャゲは興味なくて、コンシューマを目指してたんだけど……なんかコンシューマも違うなって気づいちゃってさ。一周回って。だから私、就活しないことにした」

〇〇さんは卒業後、自分で企業かサークルを立ち上げるなどして、独自のゲームを売って活動していく計画らしい。当面の生活費はどうするのと訊くと「最近、自分で作った3DCGアセットを販売してお金を貯めてて。これ結構稼げるんだよね」そういう感じで色々と稼ぎ方はあるから大丈夫、と言った。エ、エネルギッシュ。僕はびびった。

彼女に限らず、僕と仲の良いゲーム関係のお友達は、みんな随分アグレッシブな生きざまをしている。彼らに比べると、僕のやり方はなんだかくそ真面目に思えてくる。不安になるな……。でも僕は、就職するんで。よろしく。

どうしてそういう話の流れになったのか覚えていないが、〇〇さんと一緒にゲームを作ることになった。「え、ここにいる3人でチーム組んで作ればよくない? いいじゃん。私いま他にも10個くらい並行でチーム開発進めてるんだけど、マルチタスク得意なんだ。だからやろうよ」ここにいる3人とは、僕と、〇〇さんと、たまたま近くで話を聞いていた僕の友達だった。

みるみるうちに3人のDiscordサーバーが建てられ、僕らはチーム開発することになった。彼女の勢いは、すごい。意味がわからない。誰が何の作業を担当するか、一体どんなゲームを作るのか。ほとんどは未定だった。これから考えていくことになった。とりあえず今は超忙しいので、1〜2月にやろうと約束した。目標は「とにかく小さく作って、Steamで販売すること」とした。僕は頭に「はてな」マークをつけたままだった。友達も、ぼーっとしていた。彼女の韋駄天っぷりに、気持ちがすっかり取り残されてしまったのだ。なんにしても僕は、彼女に話しかけて良かったと思った。ゲームを作るのはまあ楽しいだろうし、チーム開発の経験は就活でアピールする材料にもなるだろう。彼女のように物事を進める強い力を持つ人と協働することで、僕も新たな成長を得られたらいいな。など。

授業が始まった。今日は各自、自分の制作を進める自由時間だった。

僕は徹夜明けなこともあり、抑鬱状態っぽくなってきて、授業中に何一つ作業をできなかった。友達と話し続けていた。同じテーブルの友達二人は各々の作業を進めながら会話に応じていて、偉かった。僕一人が、何もせず喋り続けていたのだった。

授業が終わり、放課後になった。

僕は今日、夜に用事があった。その待ち合わせ時刻がまだ先だったので、このまま大学で時間を潰しておこうと思い、同じ席で寝ていた。抑鬱状態はいっそう強まっていて、頭の中が悪性の靄でいっぱいになっていた。授業中に、テーブルの友達と刺激的な会話をしすぎた。思考のリソースが尽き果て、疲労した。一連の会話の火種はほとんど僕から提出したようなものなので、自業自得だった。気を許した人相手にやたらと消耗の大きい話題をふっかけ、考えすぎてエネルギー不足で自滅するのは、最近の僕によく見られるムーブだ。

僕の隣には、さっきまで話していた友達の一人(以前、僕をビンタした友達)が依然として座っていた。こいつなぜ帰らない。俺と一緒に帰りたいのか? 他のクラスメイトや同じテーブルだったもう一人は、とっくに帰っていた。広い教室には、ビンタをした彼とビンタをされた僕の二人だけが残っていた。

彼は、でかいオタマトーンを取り出した。

前まで使っていた普通サイズのオタマトーンが壊れたので、さっき帰った友達が、誕生日プレゼントとしてその巨大版(Deluxe)を彼に贈ったのだ。彼ら二人はどういう経緯か、毎年やけに高額な誕生日プレゼントを渡しあっている。額が1万円を超えたこともある。よくわからないけど、まあ「経緯」があったんだろうな。一方僕は、彼らの誕生日には130円のパンとかを渡している。僕自身は誕生日がほぼ冬休み期間なので、二人から何か貰ったことはない気がする。

彼はオタマトーンを鳴らしだした。相当弾いてるので、演奏が上手い。

でも、うるさい……。僕はさっきから、脳内で蛇がうねっていて気が狂ってるのに。ビビッドな高音を真横から響かせられ、死んでしまいそうだ。というか僕は、さっきこいつに「今めっちゃしんどくて、死にたい」と申告したはずだった。なんでその真横でオタマトーンを演奏するんだよ。僕は今、こいつに傷つけられていると感じた。

「うるさい、やめてくれ」

彼は僕を無視し、蛍の光を演奏し続けた。僕は言った。

「今俺、コンディション悪いから、そのオタマトーンの音がうるさくてかなりストレスだから。頼むから弾くのをやめて」

彼は少し考えるようなそぶりをして、おもむろに音量のつまみを手でひねった。

さっきより大音量でオタマトーンを鳴らしだした。

僕は「殺す」と思った。だが「殺す」とは言えなかった。思ったことを言えないこともある。代わりに僕はこう言った。

「なんでやめないの?」

「そんなにうるさい?」と訊かれる。

「うるさいよ。君は自分が弾いてるからいつ何の音が鳴るか分かるから不快じゃないだろうけど、他の人からしたら、聞きたいと思っていない音が求めてないタイミングでそれなりに太いボリュームで鳴るんだよ。それはコンディションによっては不快だって思わない?」

彼は反応しなかった。

「で、俺は今コンディションが悪いから、不快で、ストレスになっているの。俺が『弾くのをやめて』と言ったことに対して、今どう思ってる?」

僕は彼の目を見た。彼は、「うーん……」と言って、しばらく黙った。そして小さな声で

「弾きたいって気持ちの方が勝ったから?」

と言った。僕は、絶対それだけじゃないと思った。僕を傷つけた裏の悪意の正体を、自白させたかった。こう言ってみた。

「本当に、今思っていることはそれだけ? 他にはまったく無いのか? たとえば、俺がオタマトーンを弾くのを嫌がっていてやめてと言っているのに、それを無視してやめずに弾き続けるという行為によって、何か俺にこう思わせたい、みたいな意図があったり? 俺が今言ったことについて、どう思う?」

彼は、また「うーん……」と黙り込んだ。沈黙が長引いた。僕は彼の返答を楽しみに待った。僕は彼が考え込んでいることや、声が小さくなっていることが、すこし嬉しかった。普段の彼は、何かひっかかることを聞くなりものすごい反応速度と語気で反論をしてくる。だがそんな時に出てくる言葉は、だいたいネットの論客に使いまわされているような言説のサンプリングか、凝り固まった彼のバイアスが予定調和的に導いた安い意見だった。そんなのばかりがいつでも言えるように、彼の中にあらかじめセットアップされているのだ。でも今は、自分で考えているように見える。それが嬉しかった。嬉しかった、が、本当に黙り込んだまま、何も言わないな。………。

長すぎ。僕は痺れを切らした。もう一度質問した。

「無いんだな? 『弾きたい』という気持ち以外の、裏の意図とかは、無い?」

彼はすんなりと「うん」と言った。僕はしまったと思った。YES/NOで答えられる安価な質問を僕が言語化して投げてしまったから、彼はこの疑問文に食いついたように見える。せっかく彼が、自分の言葉で何か言いそうだったのに。僕は、よりによって自分が一番嫌な気持ちになる答えを、言わせるようにアシストしてしまったみたいだ。

彼は「だってここ教室だし。寝るところじゃないだろ」と言った。「オタマトーンを弾く場所でもないだろ」と言うと、「いや俺のは、音楽の芸術的探究活動だから」とお茶を濁してきた。僕は一旦黙った。彼は「そもそも友達って、そういうの許せる関係じゃ……」と言った。僕は「『友達はこういうもの』っていうのは、一人が勝手に定義するものじゃなくて、それぞれの友人関係の中で擦り合わせて決められるものだろ。だったら俺が考える『友達』のあり方を言うけど、どっちかがストレスを感じてやめてって言ったら、それをやめる気遣いをするのが『友達』だと思う。俺たちのあいだの『友達』はまだ擦り合わせの段階だから、お前の『友達』への要請と俺の『友達』への要請は等価でしょ。じゃあ、オタマトーンを弾く前に、今からそれを話し合う必要があると思わない?」と言った。

彼はこれには答えず、あっぱれ「そもそも勝手に寝不足で寝込んでおいて……」と言い返してきた。

僕は考えた。

たしかに、僕がいま寝不足で寝込んでいるのはその通りだった。彼の通そうとしている言い分は、「ここで寝ているトロヤは放課後の教室を勝手に利用しているだけなので、隣の人の行動に文句をつける権利はない」ということか。僕はなんだか、よくわからなくなってしまった。急に力が抜けきってしまった。そう言われたら、たしかにそうだけどさ。公共の福祉みたいな話をするならそうだけどさ。でもじゃあさっきまでの「友達」云々は、なんだったんだよ。僕は自分なりに真摯に、今の発言について、思ったことを素直に言おうとした。でも頭が真っ白になって、自信がなくなってしまった。

僕は言い負かされることにした。

「それは一理あるね。わかったよ。そんなに弾きたいのね。じゃあ俺の方が帰る」と言って、立ち上がった。彼は「じゃあ俺も帰る」と言いオタマトーンをしまった。絶対そうすると思った。日本では拳銃の使用が禁止されている。僕は「クレープ奢るよ」と言った。

最後に僕は「これだけは言いたいんだけど。俺が寝込んでいたのは、眠たかったことだけが理由じゃないから。色々な、複合的な理由」と負け惜しみ?を言った。僕たちはキャンパスを出た。

外は震えるほど寒かった。彼はスマホを見た。「11℃だって」寒すぎるだろ。僕は歯をガチガチと言わせ、気分がめちゃくちゃになっていた。

彼への誕生日プレゼントがてら、二人でクレープを食べた。ホットクレープおいしー。食べながら、彼に就活の話とか、愚痴を喋った。僕が暗いことばかり話してたら、彼は「考える暇があったら、手を動かすわ」と言って帰ってしまった。僕はクレープ屋で、一人になった。しばらく何もせずに、待ち合わせの時間を待った。

カプカプカプ……

帰った。

寝た。