人生はタンブルウィードや
まだ午前。腰痛に襲われた。
立ち上がったり、お尻をこうしたりしてみたけど、だめだった。どんな姿勢をとっても、引っ叩かれるような痛みが継続的に響いた。馬がヒヒーンと泣いた。でも今は本当に、ゲーム開発を進めるしかなかった。
12時になっても、完成していなかった。13時にも完成しなかった。新しく実装するごとにいちいち現れるバグを、養生テープを重ね貼りするように条件分岐でごまかした。14時になった。池袋ではすでに展示が行われていることに、思いを馳せた。俺はいまだに池袋にいないなと思いながら、家でゲーム開発をした。椅子に座ると腰があまりにもつらいので、僕は寝そべって作業した。冨樫義博の抱える地獄を想像した。
15時に完成した。僕は荷物をまとめた。服を着替え、髭を剃った。シェーバーの調子が悪いのか、半分くらいの髭しか剃れなかった。鏡の自分が話し始める前に、髭剃りを中止した。髭はマスクで隠すことにして、家を出た。池袋へ。
駅で僕は、カメラを持ってくるのを忘れたことに気づいた。ポートフォリオに使う写真を撮るために、お友達に貸してもらったやつ。忘れないよう玄関に置いておいたのに……玄関ごと忘れてきてしまった。
池袋駅に来た。
PARCOの内部には、駅地下経由でたどり着いた。そこから屋上へ行くのに四苦八苦していたら、ハリウッドザコシショウとすれ違った。
そういえば今回のイベントでは、お笑い芸人が出演するステージも予定されていた。あのザコシが目の前に! たぶんステージに向かっている最中か、その帰りだろう。ものすごいスピードで壁に向かって歩いていた。僕はすこし慌てた。有名人を前に、何をすればいいのかわからなくなっていた。でもサインを求めるほどでもないし、思えば何をする必要もなかった。このまますれ違うのが適切なのだった。そんなことを考えているまに、ハリウッドザコシショウはもう視界からいなくなっていた。
屋上にたどり着いた。16時半とか。
ブースごとにしっかりとテントが張られていた。屋上の展示って雨が降ったらどうするのだろうと考えていたが、こういうことか。ちょうど到着した頃から、小雨が降ってきた。

なんとか『D_ELL試遊版』を用意できた。だいぶ遅刻になってしまったが、よかった。

展示台には、トイレの模型が添えられていた。トイレは、このゲームで重要な要素となるアイコン的存在だ。僕は今回のPARCOの企画に合わせ、3Dプリンターで小さなトイレを作り、売ろうという計画を立てていた。ゲーム世界の一部を切り取り、価値らしいものをつけて現実空間に持ってくることを試したかった。でもその計画は、スケジュールの余裕がなくて頓挫した。僕はそのことに、すこし悔しさを感じていた。このトイレの模型は、GCGスタッフの方が100均で見つけてきてくれたものだった。すごくうれしかった。ありがたい。かわいいトイレ。
お客さんはまばらだったので、他のブースに遊びに行ったりした。

「インディーゲーム遊べま〜す!」と言っているテントがあった。行ってみたら、やわらかいソファクッションに誘導された。いくつかあったなかから『8番のりば』を選んで遊んだ。腰痛が続いていたので、やさしいソファに腰をあずけてゲームに集中できることが幸せだった。にしてもこのテント、本当に「インディーゲーム遊べま〜す!」としか言っていなくて、何者。ゲーム関連機器の宣伝をしているわけでもなく、特定のパブリッシャーでもなかった。このソファクッションも普通のやつだった。ここはただただ「インディーゲームを遊べるブース」だった。怖。スタンスがなさすぎて怖い。

伝染るんですのこれを思い出した。PARCOに訪れるカルチャー層に対して、まずインディーゲームというものがあるという前提から浸透させていこうみたいな目的のブースなのかな。
同じテントのゲーム開発者さんたちとお話しして、ぼちぼち帰った。

この、かっこいいフォーク。
今日の感想。直前(9時間前)に追い込まれて、頑張ることができた。『D_ELL』は完成には全然漕ぎつけなかったし、展示するのも遅れてしまったけど、それでも15時まで粘って試遊版なりのオチ(らしいポイント)をつけることができてよかった。ワンループできていない状態で展示するよりも、ずっとよかった。
一方で、頑張りかたが空回りしていた気もした。なんだかいつもそうだけど、僕は関係者にどう思われるかをマイナス方向に想定しすぎている。僕が自分の心を追いつめているほど、他の人は僕に対して怒っていない。たぶんそんなに何も思われてない。今日は13時集合に間に合わず、遅刻して16時半に現地に行ったけど、到着するなりスタッフの方ににこやかに「あ、作業おつかれさま〜」と迎えられた。僕は、そうだよなと思った。腰を破壊してまで稼働し続ける必要があったか思うと、もっと健康的な頑張りかたがあった気がするし、病む必要もなかった。まあ毎度、強迫観念に駆られるおかげでものすごい進捗を出せるのも事実だから、何ともいえないけど……腰痛はあまり見過ごしたくない。
他のブースの方々に、進路の悩みを話した。みんな、それぞれの遍歴があった。参考にならないくらいバラエティ豊かだ。気になったのは、「デザイナーとしてバイトしてたら、気に入られてそのままその会社の正社員になった」という流れの人が結構いるということだ。僕は、いわゆる普通の面接などをして就活市場で競争に打ち勝って新卒を得る、という進路を無意識に王道と思い込んでいた。実際に王道なのはそうかもしれないが、いまや僕のいる環境や周辺の人々は、そういう王道にはさほど興味を払っていないのだ。たまたま巡り合わせた環境に「転がり込む」ような形で過ごしている人も多いのだ。僕もひとつのタンブルウィードとして、もっところころ転がって生きるか。マックス・ヴェーバーは『職業としての学問』で、学問に仕事として携わるに一番大事な要素は、運だ、と書いたらしい。運かもしれません。
僕はいま進路に悩んでいるけれど、別に今後も悩んでていいんだなと、ぽんと思った。働きながらも悩み続けていい。考えが変わりしだい、仕事のしかたを変えればいい。今年はある程度人生の分岐点にいるかもしれないが、別に来年以降も、手の届く範囲ならいつでも好きな枝に逸れていいのだ。肌に合わなかったらUターンすればいい。そしてある環境が僕の肌に合うかどうかは、どれだけ周りの人に聞いたところでわからない。自分で体感しないと、わからない。
そんなこと おもてます。よしなに
パートナーに『D_ELL』遊んでもらったら、「最後の嘔吐するシーン、トロヤくんのことだからゲボの絵が実際に出てくるのかなと思ったけど、出てこなかったね」と言われた。「それは、描く時間がなかったから」と言った。