INTERSOMNIAN
先週の土日、二日間のインターンに参加してきた。二日間は忙しく、心もパニック、頭もピッキーンといっちまって、日記を書くひまもなかった。
インターンの疲れがとれなくて、昨日は一日中寝た。今日も学校で作品の設営だけして、帰ったあとはすっかり寝つぶしたのでした。書くこと、何もないや。昨晩は寝言で「渋谷っぽい、ゆめかわの感じで……メンヘラっぽい……」と言っていたらしい。
インターンのことを思い出していこうかな。ハードだった。
◆1日目
初日は朝5時50分に起きた。その前の晩は20時くらいに寝ていた。およそ10時間という万全の睡眠時間だった。家を出た。会社に行った。
インターンが始まった。8時半くらいから。
とてつもない眠気だった。ワークスペースにインターン生が集まり、各自元気な自己紹介をしたあとワハハとかパチパチパチなどしたのち、これから2日間のスケジュールが説明された。こんな初っ端から僕は眠たくて眠たくて、首がぐらぐらしてしまった。なぜ。たっぷり寝たはずなのに。直前に無理やり睡眠サイクルを合わせただけでは、体内時計は騙せなかったか。最初から説明が頭に入らなかった。インターンは夜まであるというのに、8時半からこれでは……僕はやや絶望した。とはいえ、指でまぶたを持ち上げながら、なんとかスライドを見た。
3人チームを組んだ。エンジニアの人と、デザイナーの人と、プランナーの僕だった。細かなワークをこなしつつ、やることとしてはチームで力を合わせて2日間でひとつのゲームを作るというシンプルなものだった。
(汗)
大変だった。僕はプランナー職の難しさを痛感した。プランナーの仕事はさまざまだ。アイデア出しの会議を取りまとめ、ゲームデザインと構成を決定すること。その後、エンジニア、デザイナーと相談しながら各職種のタスクを洗い出すこと。各タスクにかかる時間の見積もりをとり、タイムスケジュールを立てること。企画書やプレゼンの資料を作ること。レベルデザインを主に担うこと。毎回スケジュール通りにはいかないので、逐次遅れの把握とスケジュールの組み直しをおこなうことなどだ。
難しい。コミュニケーションが難しい。
エンジニアの人は、タスクが終わってもそれを報告してくれない。いま何の作業をしているかを訊いても、コードを打つ手を止めず、こっちを見てくれないのだった。僕の声が聞こえているのかわからない。すこし萎縮してしまった。話し合いのすえ実装の方針が決まり、僕が彼に「じゃあエンジニアは今から〇〇の作業を優先的にやってほしいんだけど、これ何分くらいかかる?」などと訊くと、彼は首を傾げ「そもそもの話やけど、△△はどうするん?」などと、別のタスクの話を持ち出してくることがあった。彼は何か直接タスクの要請を受けると、首を縦に振らず、話題を逸らすなどして議論を長引かせる癖があるようだった。
デザイナーの人はあらかじめポートフォリオを見せてもらった感じ、ものすごく絵が上手かった。でも、アセットのイラストを考案するときにいちいち「これ、配色どれがいいかな?」「作風、こっちとこっちどっちがいいと思う?」「何か主人公に特徴的なアクセサリーを着けたいんだけど、何がいいかな?」と僕に判断を委ねてくるのだった。まだ画面全体の構成要素をラフで描く段階だから、僕としては作風やアクセサリーなどは自己判断で推し進めてほしかった。それに本番の絵を考えるとしても、僕が口出しするよりは彼女が得意とする画風で好きにやってもらう方が、よい作品になりそうだった。「自分で決めてよ」と言いたかった。
プレイテストのたびに「いまいち面白くない」「元のテーマからずれている」と、ゲームデザインの改良の必要性を思い知らされた。その度に僕は悩みこんだ。エンジニアやデザイナーの二人もアイデアを出してくれたけど、そのアイデアが今直面している問題の根本的解決にはつながらない本質から逸れたものだったりする。それについて「あ、それじゃあいっそのこと……」とさらなる無関係のアイデアが湧いてきたりして、議論がごちゃごちゃしていった。僕は「違う、そういう話じゃない」と言いたかったが、じゃあどういう話なのかがすぐに思いつかず、うまく言えなかった。頭ごなしに否定するのは良くないと思い、つっかえてしまった。僕は考える時間が欲しかった。議論のすえにやっと解決の糸口を見つけるも、エンジニアとデザイナーのどっちかがそれを聞いていなくて、方針変更したことを知らないまま意味のない作業をしてしまい、後々にそれが発覚するなんてこともあった。
なかなかうまくいかなくて、しんどかった。とにかく時間が足らず、切羽詰まった現場だったので、当時は冷静でいられなかった。今振り返ると、これらの失敗は僕のプランナーとしての力の至らなさから来るものだった。
エンジニアはそもそも作業が一番立て込んでいて、いっぱいいっぱいな立場だった。進捗共有のために頻繁に声をかけるより、はじめに一連のタスクの流れを一緒に確認したら、あとはある程度放置した方が良かったかもしれない。僕がエンジニアだったとしても、10分おきに「今どういう状況?」と訊かれるのは煩わしいと感じただろう……(パブリッシャーと毎週進捗ミーティングをしていた時期を思い出した)。エンジニアは、急かしても生産性は上がらない。また、声をかけても聞いてくれない問題については「頼むから一旦手を止めて、俺の話を聞いてくれ!」と強く言うべきだった。そしたら彼はこちらを向いてくれたかもしれないし、あるいは「今集中してるから、5分だけ話しかけないで待ってくれ!」などと言ってくれたかもしれない。少なくともプランナーの僕が萎縮している限り、ディスコミュニケーションは解消しなかった。技術職は人それぞれの性質があるわけで、その人のスキルが最大化されるようストレスの少ない環境を整えるのは、プランナーの仕事だった。
デザイナーについても、相手の持ちかける相談に沿う形で応対するだけでなく、意味のない相談は早々に切って、作業の重みづけを強調すべきだった。「うーん、今そこを悩んでいる理由を訊いてもいい?」などと訊き返す形ではなく「今そこは考えなくていいよ。後で決めるから、サイズだけわかる仮素材で置いておいて。あらかじめ決めたタスクの順番どおりに描くことを意識して」と言い切ってしまうべきだった。ビジュアル要素はゲームデザイン的な観点から良し悪しを考慮する必要もあるので、プランナーとデザイナーのどちらが決定権を持つかのラインは、要素によって異なるし、お互いの性格や関係性によっても変わる。しかしそのラインをどこに引くかを判断するのは、プランナーの仕事だった。作風の質問に対しては「これとこれは背景に溶け込みすぎているから、避けたいかな。それ以外ならどれでも良いよ。あとはデザイナーの判断に任せる! やりたい絵で」くらいまで言えればよかった。
夕方頃からは、少しだけ上の反省を活かして仕事することができた。メンターさんのアドバイスを受け、タスクは一つずつポストイットに記入し、全員から見える位置に貼りつけていく体制をとった。とにかく3人の間で認識にずれが起きないことを意識した。ひとつのタスクが終わり次第該当のポストイットを剥がしていけば、自分が次にやるべきタスクもわかるし、デザイナーとエンジニア間もお互いの状況を把握できるようになった。
ゲームの根幹に関わる難題にぶつかったときは、一旦チームの手を止めて、3人で話し合うことをした。二人の作業を邪魔してしまうことになるので、あらかじめ僕の中でおおまかに案を考えてから声をかけた。「ちょっと3人で話し合いたいことがあります。今だけお願いだから、手を止めて! 僕の方から提案があるので、話を聞いてください。10分以内に結論を出しますので!」と言った。それでも二人は手を止めないこともあり(気持ちはわかる)、そんなときは「ウワ―! 頼むー! お二人~! パソコンをお閉じになって~! 閉じるまで叫び続けるぞ~! ウワーウワー!」と弱火で発狂することで無理やり注意をあつめた。このくらいのことが言える程度には、仲良くなれていたのが大きかった。心を開くの、大事。
3人で話し合いの際に、すこしでも「なんか違う」と思ったら、とりあえず「なんか違うと思う」と言うことにした。それから「そう思った理由を言うから、ちょっと待ってね……」と言って、待ってもらった。言語化が間に合わなくても、否定的なスタンスを表明することをさぼると、議論が無駄な方向に転がっていってしまうから。一旦ストップをかけ、各自考えこむ時間をとるのも、必要なプロセスだと思った。人の意見に「それは違う」と言うのは怖かったが、二人とも真面目に受け取ってくれた。議論に時間を費やす余裕がなくなってきたときは「これ以上悩んでいると時間的にまずいから、ここは僕の判断でこの案で行くことにするね。二人ともよろしく」と言った。すると、二人は意外とすんなり了承してくれた(「二人とも、いい?」と尋ねる形をとると、エンジニアが首を傾け議論がさらに引き延ばされたので、あえて断定的な言い方をした)。たぶん僕は曲がりなりにもプランナーという役職の効力をまとっていて、僕に委ねられているらしき最終決定権みたいなものはどんどん活用していくべきなのだと思った。
そんな感じのインターン1日目だった。いろいろあった。
僕はとにかく疲れていた。朝から続いた眠気はおさまることがなく、気を抜くと目を瞑っていた。休憩時間になったら、眠って体力を補給したいと思った。しかし今回のインターンには、休み時間というものがほぼ無かった。お昼にランチタイムが1時間設けられていただけだった。ランチタイムにはお弁当が配られた。どのチームもお箸片手に、食べながら議論を重ねていた。2日でゲームを作るというこのプログラムはとにかく時間との戦いだったので、ランチタイムもプロジェクトを進めるために使わざるを得なかったのだ。しかし僕は耐えきれず、机に突っ伏して寝た。それにより我々のチームだけ、ランチタイムは活動が止まった。ランチタイムはランチタイムだ。作業しないことに、特に罪悪感はなかった。むしろ「飯を食う間も惜しんで開発をするのが当たり前」みたいな雰囲気を醸しだしているスタッフたちにむかついていた。
ランチタイムが終わったら、あとは休み無しだった。僕はぐつぐつしてくるのを堪えながら、プランナーとして従事した。19時になると、ようやく本日のプログラムの終了が告げられた。しかし会社が施錠される時刻までは、まだ2時間ほど猶予があった。スタッフが「会社が閉まるまでだったらみなさん、自由にワークスペースを使って良いですよ~」と言った。ガー。ようするに、閉館までみっちり”自主的に”プロジェクトを進めよ、ということだった。どのチームも、弛むことなく作業を再開しだした。僕は信じられなかった。みんな、くたびれてないのか? 自分は限界だった。呼吸をするたびに、筋肉が減っていく感じがした。どうやら今回のインターンメンバーの中で、一番体力が無い者は僕のようだった。僕は伏せて、寝た。
寝ていると、メンターの人が話しかけてきた。「君たちのチーム、ずいぶんしっかり休憩してるねえ。ほかのチームは結構進めてるみたいだけど、大丈夫? 今後のタイムスケジュールはどうなってる? 家でやっておくタスクとか、明日の動き方とか、チームメンバー同士で共有できてるの?」何も決まっていなかった。だが僕は寝ているふりをして、答えなかった。エンジニアが「えーと……今はいったん体力を養い中ですかね」と適当な返答をしてくれた。時間配分についての質問は、プランナーの僕が答えるべきものだった。申し訳なかった。19時に終了って書いてあるんだから、いくら寝ようが僕の勝手だろと腹が立った。しかし、エンジニアとデザイナーの二人に何も告げずに僕一人だけ休むのは、チームの士気にかかわりそうだと思った。寝るならせめて何分間寝るか、伝えるべきだなと反省した。結局僕は「20分寝る」と言い、20分くらいだけ寝て、その後は起きた。「40分寝る」と言えばよかったと後悔したが、あきらめて閉館まで作業をした。
会社が施錠され、インターン生は会社前で解散した。僕たちのチームはLINEグループをつくり、明日の動き方について認識を共有した。僕は明日のインターン開始までに、ステージデザインを考えてくるという宿題を持ち帰った。ステージづくりはあらかじめ済ませておかないと、明日他二人の工程がつっかえてしまいそうだったからだ。帰りの電車で、絶望した。こんなに疲れながらも、家に帰ったあと、寝ないで仕事の続きを……? 僕は息を吐いた。無理です!
帰宅した。ゾンビ。僕は宿題をやらないことにした。反骨精神とかではなく、宿題のために睡眠時間を削るよりも、一分でも多く寝て明日分のエネルギーを確保する方がより大事だと判断したのだ。ステージデザインは、行きの電車の中とかで考えよう。僕はベッドに横になった。目を瞑った。明日まで、インターンのことは考えないようにしようと思った。深夜1時だった。5時間後には、起きているのか。考えない。考えるな。焦りも疲労もストレスも不安も、今は要らない。今やるべきことは、寝ること。
しかし、なかなかそれができなかった。まぶたの裏で、ステージのアイデア、ゲームデザインの問題点、プランナーという仕事の難しさ、チームメンバーの個性、インターンという選考の懸かった場にいること……さまざまなことを考えてしまい、体は疲れ切っているはずなのに、頭の中がぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
◆2日目
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる気づいたら夜が明けていた。
一睡もできなかった。6時半。僕は家を出た。
ひどい抑鬱状態だった。駅に向かって歩いた。苦役列車に乗り、会社へ向かった。移動中に、宿題のステージデザインを急いで考えて、やっつけでノートに書いた。眠れない夜になるなら、いっそ夜にやっておけばよかった。ただ横になって、考え事をしていたら、朝になっていた。
インターン2日目が、これから始まってしまう。昨日の開始時点からすでにヘロヘロだったのに、その24時間後の今もなお、今からもなお、同じエネルギータンクを補給無しで使いまわして稼働しろと……?
死、ぬ
僕はちょっと、音を上げることにした。頑張りたかったけ!ど、これから昨日と同じくらい手を動かして、考えて、コミュニケーションをする未来が想像できなかった。無理です! やめる。3人チームから抜けてしまうと、残る二人に大変な迷惑がかかる。僕はなるべくそれを最小限にとどめてリタイアする方法を考えた。
僕はLINEで二人に、昨晩一睡もできず体調がひじょうに悪いので、今日は早退するつもりだと伝えた。「僕が抜けた後は、メンターの方に代わりのプランナーとして入ってもらえるよう、朝一でスタッフの方々に相談します。12時のユーザーテストまでは、メチャ頑張りますので……!」と言い、謝った。早退する時刻は12時と決めた。自分の限界は自分で見きわめて決めるのが、社会人のマナーなんじゃないかと思って。明確に離脱する時刻を決めないと、倒れるまでいつまでもだらだら作業してしまいそうだった。その後会社にも電話を入れ、同じことを言った。
会社に着くなり、僕は会議室に連れ込まれた。人事やメンターの方々6名に囲まれた。いまの体調と、飲んでいる薬、精神状態、エネルギー残量を訊かれた。「大丈夫? 無理してない? きっと無理しすぎるタイプだよね」「12時はあくまで目途として、12時になる前にいつでも抜けていいからね」「一人の方が楽だったら、この会議室を使ってもいいよ」「仮眠室の布団も持ってきておいたから、好きに使って寝てね」「チームにかける負担や責任は、君が心配する必要はない」「最後まで居られないことが採用に響くとか、そんなことも一切無いから」「君に無理のない形でインターンを楽しんでもらうのが我々の一番の目的なので、何かリクエストがあったら、なんでも言ってくださいね。ここは外の声が届くから部屋を替えたいとか、照明を暗くしたいとか、飲みたいものとか。なんでも」などと言われた。かなり心配されていた。みなさん優しかった。ありがたかった。僕はお言葉に甘え、午前中は一人、別室で作業させてもらうことにした。
ただその前に、チームメンバーと今日やるタスクの洗い出しをしようと思った。プロジェクトの方針はまだまだ確定しておらず、相談して答えを出すべきクリティカルな問題も残っていた。さすがに朝一からデザイナーとエンジニアをほったらかしにするのは、気が引けた。良いゲームを作りたかった。僕はチームのデスクに行った。まずは二人にパソコンを閉じてもらって、3人でいま直面している問題について、解決にたどり着くまで話し合った。その後、ゲームを完成へ持っていくためにエンジニアとデザイナーがやることになるすべてのタスクを余すことなく想定して洗い出し、一つずつポストイットに書き出していった。それらの優先順位をはっきりと決め、上から並べていった。エンジニアの作業量が明らかに溢れていることが分かったので、エフェクトの作成やサウンドの調達、ポストプロセスなど一部の作業は僕が引き取り、エンジニアの負担を減らした。デザイナーがコマ割りのアニメーションを描くことに慣れていなかったので、今のうちに3コマアニメーションの描き方を軽くアドバイスした。
このくらいか。各自やるべきことが、ほぼほぼ明確になった。本当はプレイテストを繰り返しながら面白くなるようにレベルデザインを調整するという重大な作業が、終盤に控えていた。それは他でもないプランナーが手綱を握るべき仕事だったけど、僕にはもうできそうになかったので、ホンマスイマセンと言って二人に任せた。後のことはLINEで連絡を取り合うことにして、僕は二人にバイバイし、別室に移動した。
誰もいない会議室。僕は椅子の上に胡坐をかいて、エンジニアから引き取ったタスクをやったり、企画書を書いたりした。静か。ちょくちょく目を閉じて固まり、休んだ。一人の時間は、かなり安らいだ。スタッフさんが温かいほうじ茶を持ってきてくれた。「コーヒーの方が良かった?」と訊かれた。僕は何と答えればいいかわからず、うぇっうぇっと言った。背後のソファには、仮眠室から持ってこられたらしい掛け布団と枕が置かれていた。「ソファに寝そべっても良いし、床に寝そべってもいいからね。自由に使ってください。本格的に寝たかったら、仮眠室を使ってもいいからね」と言われた。
12時になった。ユーザーテストの時間だ。ゲームを他人に遊んでもらい、フィードバックを受けられる最後のチャンスだ。僕は一度チームのデスクに戻り、ユーザーテストの様子を見た。そこで新しく一つ、このゲームの面白さを損ねている致命点が見つかった。ランチタイムに入り、3人で改めて会議をした。3人とも、同じ問題意識を持っていた。今までで一番建設的でテンポのよい話し合いができた。僕は、二人の態度が昨日よりもコミュニケーションをとりやすいものになっているような気がした。自分の手元に集中して人の話に耳を傾けないとか、問題の解決とは関係のないアイデアを出すとか、反対も賛成も言わずに議論の焦点をずらすみたいなことが無かった。二人とも、あきらかに成長している……! チーム活動に適した姿勢を身につけている。びっくりした。二人ともすごいと思った。僕も少しは成長できてたらいいのだけど……。
会議が終わり、僕はあらためて二人に別れを告げた。早退の時間だった。僕は再度、会議室で人事やスタッフに囲まれた。「トロヤ君。12時になったけど、あらためて調子はどう?」「順調に悪くなっています。自然なペースで……」「気分が落ち込む感じ? 疲労?」「全体的にです、とにかく眠いです」「もしあれだったら、いますぐ帰るんじゃなくて、ここでがっつり寝ていったら? 君はもうこれ以上作業はしなくて良いし、チームはスタッフがサポートするから気にしなくていい。だから、プログラムが終わるまで仮眠室で好きなだけ寝ていきなよ。ここまでせっかく頑張ったことだし、せめて成果発表を見ていけたら、学びがあると思うよ。プレゼンは二人に任せて、後ろの席で見てるとかで大丈夫だよ」と言われた。
僕は考えた。スタッフさんの言うとおり、疲れて眠いのならここで休めばいい話だった。僕はめちゃくちゃ帰りたかったが、それは「逃げたい」という思いに近かった。自分だけさぼって、どんな顔で成果発表に臨めばいいのかわからなかった。でも同時に、僕は自分のチームのゲームがそれなりにいい作品になっている自信もあったから、成果発表は楽しみでもあった。考えた末、僕はスタッフさんの提案にしたがい、成果発表まで会社で寝ていくことにした。僕はスタッフさんと一緒に布団と枕を持って、仮眠室へ移動した。上昇するエレベーターの中で枕を抱えながら、これってどんなインターンだよと思った。
仮眠室のある階には、社外の者が入ってはいけないエリアがあった。スタッフさんは、そのエリアに続く通路の真ん中に、脚立を置いた。彼は「ここから先は入れないからね」と言った。ゲームみたいだな。僕は仮眠室に入った。スタッフさんは、成果発表の時間になったら起こしに来ますねーと言って、ドアを閉めた。
仮眠室。小さくて細い部屋。白いベッドが1台。それ以外は何もない。明かりを消すと真っ暗になった。
僕は寝そべり、布団をかぶり、目を瞑った。まさか、初めてのインターンで仮眠をぶちかますことになるとは。変なの。スタッフの方々のあまりにも親切な対応に、後ろめたさすら感じてきた。自分が仮病を使っているような気がした。いま僕は具体的に何が苦しいのか、さほど分からなかった。うまく考えられなかった。まあ思考が薄れているということは、たぶん抑鬱状態が深まっているのだと思う。でも僕以外のみんなは、僕とは違って2日間連続で、緊迫した現場で頑張り続けているんだよなー、とも思った。あとは、特に何も考えなかった。天井の緑色の光だけ見ていた。結局3時間後にスタッフさんが迎えに来るまで、まったく眠ることはできなかった。扉を開けられたとき、もう3時間も経ったのかと驚いた。
ワークスペースに戻った。2日間にわたるゲーム開発作業が終わっていた。各チーム、順番に成果発表をおこなっていた。完成したゲームのプレイ画面が披露され、プレゼンテーションと質疑応答もあった。僕は後ろのほうの椅子に座り、その様子を眺めた。僕のチームは、エンジニアとデザイナーが二人だけでプレゼンをしてくれていた。僕は我々のチームの成果物の仕上がりを見て、驚いた。めちゃくちゃ完成度が高かったのだ。ビジュアルは発想が凝らされていて高級感があったし、見栄えの良さにとどまらないデザイン的工夫があった。エンジニアはタスクが多くて間に合わないかなと心配していたが、ほとんどの仕様がちゃんと実装されていたうえに、もとの案には無かった気の利いた仕様まで足されていて、クオリティを高めていた。レベルデザインも良い感じに調整されていた。二人でプレイテストと修正を繰り返してくれたのだ。
全チームの発表を見たけど、我々の作品は抜きんでて名作だと思った。絵的にも手触り的にも上質で、テーマとコンセプトもユニークで(自画自賛)、何よりちゃんと挑戦しがいのある面白いループが出来上がっていた。他チームの作品には、ゲームとしての仕組みは出来ているものの、レベルデザインの調整がなくて破綻しているものが多かった。「面白さを実装する」という工程の必要性をプランナーが自覚していないと、意外と「実際の面白さ」というのは無視されるのだ。しかし弊チームは、エンジニアとデザイナーの二人がちゃんとそのことに注意を払って、実際に遊んで面白いゲームを作ってくれていた。僕は二人の頑張りに、感動した。僕はチームのデスクに行き、二人ともすごい、尊敬します、どうもありがとうと言った。
質疑応答のとき、審査員が我々のチームに「あなた方のゲームは2日目にプロジェクトが一気に進捗したようにお見受けしました。そのように開発が加速した理由はなぜだと分析しますか?」と質問した。するとデザイナーが「やっぱり、途中で一人抜けたことが大きかったです。それで、頑張らなきゃと気合が入りました」と答えた。あ、僕が仮眠したおかげってことですか?
インターンプログラムの終了が告げられた。この後は懇親会があるようだったけど、体の震えが止まらない僕を見かねたスタッフの方がタクシーを呼び、僕はすぐに家に帰された。僕は日高屋の野菜タンメンを食べ、寝た。
やっと寝られた。
◆感想
・とてもいい経験ができた。インターン。
・1日目はつらいことばかりで、なんじゃこりゃと思った。
・2日目は主に寝そべって、何も考えなかった。
・人の成長するさまを目の当たりにして感動した。デザイナーもエンジニアも、初日とは別人のように立派になっていた。こうやって人材って育成されていくんだなあ。
・僕自身も、中盤でリタイアしちゃったけれども、すごく成長できたと思う。プランナーとしてプロジェクトを推し進める力が、すこし鍛えられた。
・同時に、自分はプランナーになりたくないかもしれないと思った。
・僕がプランナーを志望していた理由は、プランナーこそがゲームが生まれる大本のアイデア部分に関わることができ、ゲームの全体を見渡しながら自分の発想を込めていける職種だと思ったからだ。しかし今回のインターンにおいて、僕が憧れていた上の要素は、実際にやった仕事の5%くらいでしかなかった。残りの95%はひたすらコミュニケーションと管理だった。人と人をつなげること。人の個性やスキルを見きわめ、仕事を振り分けること。分かりやすい言葉で伝え、相手の主張も正しく理解すること。時として心で渡り合い、距離を縮めたり、チームの士気を高めたり、緊張感をつくりだすこと。そういった仕事のことが僕はぜんぜん好きではないし、得意でもない(今回のエンジニアなんて、僕がいない時のほうがよっぽど捗っていたように見えた)。此度のインターンでそのような仕事人として一皮剥けることはできたが、楽しいとはまったく思えなかった。
・また、プランナーの特権と思っていた「自分のアイデアがゲームに反映される喜び」についても、疑わしくなった。今回我々のチームは、はじめに3人それぞれ一つずつゲームの企画案を考えた。それを見せあいながら話して、結果として僕の案が採用された。だから我々のゲームは一応、僕のアイデアを出発点としていた。でも、議論を重ねて仕様を詰めていくにつれ、実際のゲームは僕が企画案で提出した内容とは乖離していった。多くの人に手に取ってもらえそうな訴求力や、カジュアルゲームとしてのわかりやすさ、デザイナーの画風との噛み合わせ、決められた作業時間の中での工数の限界などを考慮していった結果、原初のアイデアは跡形もなく歪められ、僕個人から出てきた性癖や熱っぽさはそぎ落とされ、僕が企画書を書いたときに想像した面白さとはまったく別種の面白さに着地することになった。仕上がったゲームは素晴らしいものだったけど、僕はこれが作りたかったわけではなかった。「自分のアイデアが反映される喜び」どころではなかった。「自分のアイデアが徐々に剥ぎ取られ、種々のビジネス的要件に適った凡庸なプロジェクトに作りかえられてゆく痛み」の方が、よっぽど大きいと感じた。
・どちらかというと僕は、エンジニアの方が向いているのではないか? と思った。インターンでは、別室でエンジニアから引き取ったタスクをこなしている時間が一番楽しかった。パーティクルの細かなパラメータにこだわったり、ポストプロセスの数値を調整しているとき、胸が熱くなった。エンジニアは定義された要件に従う形でしかコードを書けない。プランナーのような「アイデアマン」ではないかもしれないが、逆に言えば要件に沿う範囲でなら、コードにオリジナルの工夫を凝らすことができるかもしれない。僕はプログラミングによって物理挙動の繊細さを高めたり、エフェクトなどのジェネラティブな美しさを作ることは得意だし、すごく好きだ。一つ一つの実装部分に自分なりのアイデアやこだわりをとことん詰めて、プランナーの期待を超えた出力をつくれれば、楽しみながら製品の魅力の底上げに貢献できるかもしれない。
・プランナー視点、エンジニアに無視されるのは悲しいということも今回学んだことだし、自分がもしエンジニアになったら、プランナーとは目を合わせて話すことを意識したい。
・そんな感じ。今後就活するとなったら、エンジニア(あるいはテックアーティスト、エフェクトデザイナーあたり?)を志望してエントリーしようかなと思った。
・まあひとまずは、先日の決断どおり、来年度の就活はよそうと思った。来年度は全力で、Death the Guitarを完成させることに集中したい。その思いは、インターンを経ても変わらなかった。むしろ強まった。仕事体験を通して、僕はちゃんと働きたくね~と思った。
・悲しいけど、自分にはそれなりに社会不適合の素質があることも思い知った。人と協同で作業をすることに、やるせない苦痛をおぼえた。どうしてもリスペクトできない人を前にしたときのコミュニケーションの正解がわからず、気を抜くと相手の頭をかち割る想像をしてしまった(そういうことを考える者は、プランナーになってはいけない)。自分のアイデアが他人の手にかかり、変容してしまうのが結構嫌(や)だった。そしてなにより、身体が追いつかなかった。決まった時刻に起きることもきつかった。集中を持続できなかった。チームでの話し合いのとき、何度か意識が飛びそうになった。話している相手よりも、相手の背後にある白い壁の方が浮き上がってきて、視界にチカチカと残像をつくりだすのだ。今回のインターンで、ハードなプログラムについていけず別室で作業をさせてもらったのも、仮眠室で休憩させてもらったのも、僕だけだった。僕が一番弱かったのだ。
・もう、そんな自分を変えたいという思いとかはない。もう弱くてよいので、自分に向いた会社に入りたい。入社するならば、副業可能であったり、リモートワークが許されていたり、出社時間の自由度が高いところがいい。僕のような性質の人間がある程度受け容れられ、なるべく強みの方を活かせる、おおらかな環境にめぐり会いたい。