宵越しの殺意はいらない
バナナは怪しい。明らかに「持つ部分」がある。やけに手に馴染む円弧の形。剥くために手をかける部分は明るい黄色とよくコントラストのついた、濃い色になっている。剥いてゆくと、皮は艶かしくしなだれる。すべての皮を剥くと、花のように広がる。視覚的なキャッチーさもさることながら、体験レベルの「楽しさ」がここにはある。気味が悪い。洗練されている。果物の分際で、ユーザーエクスペリエンスの配慮が行き届きすぎているのだ。パイナップルを見習え。あのどこから手をつけたらいいかまったくわかんない感じと言ったら! 笑ってしまいますよね! アハハ!
実のところ、最適化されているのはバナナの方ではない。人類のほうが、バナナを食べるために二足歩行を獲得し、バナナを食べやすい躯体へと進化を遂げたのだ。我々は「品種改良」されてきたのだ。バナナに。眼前には、赤いバナナと青いバナナが1本ずつ並んでいる。あなたは今、そのどちらかを選んで食べなくてはならない。勇気あるあなたは、どちらのバナナも手に取らないという答えを出すかもしれない。しかしそれは、もっとも愚かな選択だ。説明の通り、我々は「品種改良」のさなかにいる。バナナから逃げる者が迎える結末はひとつ———「間引き」だ。
13時半に起きて、原宿に行った。
今日は友達のカがおこなっているグループ展を見にきた。もう一人の友達のエと原宿駅で15時に待ち合わせして、一緒に行く予定だった。でも僕は遅刻してしまった。27分遅れる見込みだったので、僕はエに「悪いけど先に行ってて」と連絡をした。

原宿。最近天気よくてうれしいな〜。僕はカに差し入れを渡そうと思いつき、竹下通りを歩いた。「グミッツェル」というものすごく美味いグミがあって、それを以前竹下通りのお菓子屋で買ったことがあった。僕はそれを買いに向かった。
竹下通りは人で溢れている。人流にしたがって、決まった速度で歩かないといけなかった。
竹下通りの店並を眺めていて驚いたのは、動物の触れ合いカフェがめちゃくちゃあるということだ。猫カフェのほか、流行りのサモエドカフェ、カワウソカフェ、柴犬カフェ、ミニ豚カフェなどが見つかった。原宿ってこんなに動物カフェがあったんだ。客、多そう。
胸を張って言えることじゃないけれど、僕は動物を触ることが好きで、さまざまな触れあいカフェにお金を払ってきた。犬カフェ、猫カフェ、爬虫類カフェ、カワウソカフェ、ふくろうカフェ、ミニじゃない豚カフェなどに行ったことがある。いつか新宿の猫カフェに行ったとき、猫よりも客の方が多くてほぼ人間カフェ状態になっていた。原宿の店舗も、たいがい人間で溢れていそうだった。動物カフェで触れあいを体験するなら、予約が必要で、一度に1,2組しか入れないロット制の店舗が良い。

目的のお菓子屋に着いたけど、グミッツェルは無かった。お店の方に「おすすめのグミはありますか?」と尋ねてみたら、なんかリップクリームと指輪?の形をしたグミを渡された。ほんとかよ。僕はこれを買って店を出た。

ギャラリーに着いた。カとエはいなかった。僕の到着が遅すぎて、二人で散歩に出て行ってしまったらしい。僕は作品を見た。

爬虫類(など)の集合! カたちのグループメンバーの共通項として、みんな生き物が好きなようだった。絵の左上にはウーパールーパー、左下にはアオダイショウ(ヤマカガシ?)などの一部が描かれていて、見切れた先のキャンバスの外側にも生き物がひしめいていることがわかった。

羊。

和室。縁側の外が熱帯雨林。

イグアナの陶芸彫刻! 力作だ。釉薬を練り込んだものの、窯焼きのプロセスで焼き加減を調整できず、狙った色がうまく定着しなかったらしい。これはこれで、物置にありそうでかっこいいと思った。ボツボツとした肌の表面に、埃が溜まっていた。「すぐ埃が溜まっちゃうんですよね」と制作者のお一人が言った。爬虫類の皮膚構造は、鱗が多く表面積が大きい。そのため、陶器にするとそこかしこに埃をたくさんかぶり、年月を蓄積する。その因果関係はなんだか面白いかも。

ピラルクの陶芸。すごい。自重に耐えかねていろんなところに断裂が起きて、形が崩れてしまったものを展示したらしい。普段パソコンで既存のソフトウェアばかり使って創作をする身としては、このような物理的な制作物を間近にすると、圧倒される。制作プロセスに介入したカオスが作品そのものに直に現れているさまに、作品としての強度を感じる。
僕もゲームを作る過程を、ゲーム自体に畳み込みたい。ゲーム開発を遊びにしたいんだよな。どうすればいいのかな。
カとエが散歩から戻ってきた。ギャラリーの作品について、あらためてカと感想等を話しあった。先日の講評会のときに絵を無料で配布していたカは、今回は一枚100円という値段をつけて配布していた。色々試しているみたいだ。僕はカに100円を渡し、講評の時にもらった絵と同じ絵(複製)を買ってみた。
エは僕が遅刻したことに怒っていた。すごい剣幕で「おせえんだよ。昼飯奢れよ。あとちょっとでぶん殴るところだったぞ」と言った。エは15時待ち合わせの約束を守るために、昼ごはんを抜いて急いで来たらしい。その埋め合わせを、僕に求めていた。遅刻したことはたしかに僕が悪いが、「ぶん殴る」とか言われると少し胸がざわついた。
カに差し入れのグミを渡した。「気持ち悪。ありがとう。ちょうどぜんぜん嬉しくないわ」と言われた。また、僕が遅刻中にもかかわらずギャラリーに来る途中で差し入れのために竹下通りで寄り道したことについても、二人には正気を疑われ、僕は非難を浴びた。それは確かに、そうかも……。僕としては「先に行ってて」と連絡したから、多少寄り道しても支障はないと思ったのだけど。差し入れがこのふざけたリップクリームと指輪形のグミになったのも、良くなかったかもしれない。
カはこのあとも在廊を続けるらしかったので、僕はエと二人でギャラリーを出た。僕は贖罪に、竹下通りのゼッテリアでエにハンバーガーを奢ることになった。
ギャラリーを出てから、エはほとんど一言も口を利いてくれなかった。「今話しかけても反応しないのは、怒っているから?」と訊いたが、何も言わなかった。8月に旅行した時と同じだった。あの時エは長いこと口を閉ざしたすえに、僕はビンタを食らった。となると今日はこのあと、僕は「ぶん殴られる」のか? いやだ。
ハンバーガーを食べ終わっても、エは沈黙をつらぬいていた。僕はコーヒーを飲みながら、スマホで日記の続きを書いた。話したくない気分の人に無理に話しかける必要はないことをいつか学んだ僕は、自分のことに集中しようと思った。僕はエに「俺、このテーブルでしばらく作業するつもりだから、あれだったら気にせず先に帰ってね」と言った。彼は荷物をまとめて立ち上がった。僕はじゃあねと手を振った。彼は無反応のまま、去った。
そんなわけで僕は今、この日記を書いている。もうすぐ25歳になるのに、こんな中学生みたいなギスギスした友達付き合いをしている。僕は僕で、以前彼にビンタされたことを自分が結構根に持ってしまっていることに気づいた。ちょっとした過去の出来事をいつまでも根に持ってると、なんだか人間強度が下がる感じがする。僕は、今日でさっぱり忘れることにしようと決めた。
そういえば昔、ゲーム関係者の飲みの席で「ぼく時間守らない人のこと大嫌いなんで」と言った人がいたのを思い出した。その言葉を聞いてぞわっとしたのをおぼえている。僕は当時、彼と一緒に仕事をする可能性が、結構なきにしもあらずだった。実際にはすれ違う形でほとんど関わりはしなかったけれど、もし僕が彼と協働することになっていたら、僕はいったい何度彼に軽蔑されていたのだろう……軽蔑って何回できるのだろう……。
トロヤマイバッテリーズフライドのことを軽蔑した回数の多さで言えば、僕の右に出る者はいない。しかしここに来て、エがものすごいペースで追随してきている。彼とはいずれ、肩を並べる展開になるかもしれない。きっと彼は、僕に対してなかなかの殺意を燻らせている。
僕もなんだか、その気になってきた。闘争心。湧いてきた。暴力は勘弁だけれど、何かしらのフォーマットに則ってやつとバトルしたい。ぶちのめしたい。

『ニーズヘッグ2』で蹴りをつけよう。
おすそ分けプレイはもちろん、オンライン対戦にも対応。