ティー・ア・ラ・モード

2024 - 12 - 09

おもむろに左折するパートナー。えっ、そっちに行くの? この建物に入るので? 眼前にそびえ立つビル。エントランスには「IMPERIAL」と大きく刻まれていた。

窓辺のソファに座った。日比谷公園が見下ろせた。パートナーが、今日の誕生祝いのために、アフタヌーン・ティーのコースを予約してくれていたのだ。でもまさか、それが帝国ホテルのお店だったなんて。

木を基調とした、上質で落ち着いたインテリア。格調高い雰囲気と個性的なモダンさに包まれたインペリアルラウンジ アクアでは、思い思いのスタイルでゆったりとした時間をお楽しみいただけます。

帝国ホテル東京 公式サイト

俺なりのスタイルで、ゆったりとした時間を楽しんでみせる。

今日は、我々二人の誕生祝いの日だった。今年はお互い、例年より忙しかった。僕と彼の誕生日は半月ほどしか離れていなかったので、今回はまとめて合同パーティーという形にしようとなったのだ。

出た! 三階建て。生まれてはじめてのアフタヌーンティーだった。僕は最近紅茶をよく飲んでいたので、アフタヌーンティーというものも気になってきていた。ウェイターの方が一つ一つ、食べ物の説明をしてくれた。ウェルカムドリンクのアップルシナモンティーが注がれた。ウェイターが「紅茶はお飲み替え可能でございますので、いつでもお好きな銘柄をお申しつけください」と言った。「お飲み替え」なんて言葉、初めて聞いた。上流階級の語彙。間違えて「飲み放題」とでも言おうものなら、シェフにムチで叩かれたりするのだろうか。

とりあえず、このバーテンダーセレクトティー?をお願いします、と言った。

本当にゆったり過ごした。いつも通りの会話をしながら、紅茶をゴクゴク飲みまくった。しだいに陽が傾いてきて、向かいのビルに反射した西日がまぶしくなった。カーテンを閉めよう思って立ち上がったら、パートナーに「ウェイターさんにやってもらう方がいいよ」と言われた。クッ。ウェイターに声をかけると、まもなくカーテンが自動で下りてきた。

どの食べ物も美味しかった。これも美味しかった。ただ、何。

彼から誕生日プレゼントに、小泉吉宏『大掴源氏物語 まろ、ん?』とサイモン・シン『フェルマーの最終定理』の2冊をもらった。読むぞ!

僕の方は、施川ユウキ『鬱ごはん』全巻をプレゼントした。全5冊のうち3巻だけ、どこにも売ってなかった。出版社にも在庫がなく、重版しない限り流通していない状態だった。やむなく、1,2,4,5巻の4冊を購入してまとめてラッピングしてもらい、3巻だけは僕の私物を手渡しするという変なプレゼントになってしまった。しかも、数年前に作品制作の素材として漫画のコマを切り抜いていた時期があって、差し出した3巻にも一部コマの欠けたページがあった。面目ない……(まさに鬱ごはん的な状況)。

『鬱ごはん』読み返したけど、あらためて素晴らしい漫画だった。一番好きな漫画を訊かれたら、僕はこれを答えることが多い。パートナーも気に入ってくれるといいな。

パートナーが急にクイズを出してきた。「牛乳はフランス語でなんと言うでしょう?」わからん。彼が「ヒント。コーヒーはフランス語で?」と言った。コーヒーのフランス語……カフェか? つまり、そういうことか。「ラテ」「違う」「あ、オレ」「惜しい」えーわかんない。僕は最終的に「オァ〜……!?」と答えたが、違った。「正解は、lait(レ)。café au lait(カフェ・オ・レ)のauは前置詞àと定冠詞leが合体したものだよ」と言われた。ハハーン。coffee with milkのwithにあたる部分が「オ」、milkが「レ」なのか。言われてみれば「カフェ・オ・レ」と中黒のついた表記は、見たことある気もした。彼はその後、男性名詞と女性名詞、複数形それぞれの場合の前置詞と定冠詞の結合について解説してくれた。

なんだか懐かしくなった。前にもこのように、パートナーから言語蘊蓄のクイズを出されたような気がする。思い出した。「fungus(菌類)の複数形はなんでしょう?」と聞かれたのだ。3年くらい前だ。それを出題されたカフェの場所を、覚えている。

店を出た。アフタヌーンティー、よかったな。テーブルの低さが重要だった。少し身を屈め、腰くらいの高さにあるカップを取る。高さのデザインが、憩いのアトモスフィアを生み出すのだ。飲んだ紅茶はどれも美味しかった。いや、ハイビスカスティーだけは、難しかった。

トイレも、トイレごとに異なる絵が飾られていてよかった。トイレごとに異なる絵が飾られていることはいい。

帝国ホテルのロビーでは、スパイ映画の登場人物みたいな見た目の人がたくさんいた。さすがの5つ星ホテル。ロビー出口の真上、吹き抜けになった2階の廊下で、こちらを見下ろしながら仁王立ちする、大柄なスーツの男がいた。物語の担い手にしか見えなかった。何者かを監視している? 護っている? 探している? 我々はホテルに別れを告げた。

歩いて行ける距離にある映画館で『ロボット・ドリームズ』という話題のアニメーション映画が上映されていることを知ったので、僕たちはそれを見に行った。

見た。とっても良かった。孤独なドッグがロボットの友達を作るが……という話。目の表現がすごかった。

そのあと、我々はでかめの温泉施設に行った。風呂に入った。なかなかの人気店で、平日にも関わらず利用客でひしめいていた。サウナ室の前には、行列ができていた。みんなお尻シートを手に持って並んでいた。サウナイキタイによると、ここはサウナ施設としても知られているスポットらしかった。「サウナイキタイ」は、サウナの食べログみたいなアプリです。

サウナの食べログみたいだろ。

なんだかんだ僕たちは、サウナには入らなかった。露天風呂に浸かったり、寒い屋外の椅子で外気浴をしたりした。椅子から立ち上がるとき、僕が毎回座面をかけ湯で洗い流すのを忘れてしまうところを、パートナーが僕の分まで流してくれた。彼はジェット噴射式のマッサージ湯にはまっていた。僕はすぐにのぼせてしまい、腰から下だけお湯につけた状態で心頭を滅却していた。

お風呂上がりには、施設に併設されたご飯処でご飯を食べた。

お座敷の壁面のテレビでは、民放のバラエティ番組が流れていた。ひさしぶりに民放のテレビを見た。一般人アンケートの集計による「一緒に飲んだら楽しそうな女性タレントランキングTOP10」が下位から発表されていき、その成り行きにスタジオのタレントたちが固唾をのみ、一喜一憂していた。これの一体なにが面白いんだ。スタジオにいる大久保佳代子がトップ予想に「渡辺直美」と書いたフリップを掲げることの、一体なにが面白いというんだ。タレントが他のタレントのパーソナルに言及するさまに、大衆はどう喜べと。

これを楽しめる視聴者は、なかなか高度なことをしているんじゃないか。彼らは日頃からさまざまなバラエティ番組に親しみ、多くのタレントの活躍を見てきている。それぞれの個性や、芸能界における位置づけ、どのタレントと仲がいいのかなどのネットワーク情報を、さまざまな番組の断片から蓄積的に記憶している。その下地があってこそ、「確かに大久保佳代子は渡辺直美と一緒に飲んだら楽しそうと思ってそう」というハイコンテクストな想像力を働かせ、笑うことができているのだと思う。

鑑賞者が特定の系に関するインプットを重ねて前提知識を蓄え、やがてその系のハイコンテクストに辿り着く。そこから系に対して演繹を働かせてゆき、能動的に読み解いていく。この構造自体はテレビバラエティも小説や漫画と同じで、ほとんどの創作作品がやっていることと大差がない。

それなのにテレビのバラエティがこれほどまでにつまらないのは、扱われる題材?主題?の違いかもしれない。テレビバラエティという系で行われているエンタメのほとんどは、タレントを大衆感情の器として利用した、大衆本意のお人形遊びにすぎない。題材が、初めから大衆の内側にあるのだ。大衆は自分が知っていることを(自分よりも言語化や感情の表出に長けているタレントたちを媒介して)再確認し、満足するだけなのだ。

それに対して「つまらなくない作品」は、題材が作者の中にある。作者は、大衆とは異なる他人だ。大衆は、自分の知らない題材に触れ、鑑賞する体験を通じて、はじめはわからないところにあった他人の世界に触れ、やがてそれを理解するのだ。

そんなことを思いつつ……お風呂上がりにご飯を食べながらつまんないテレビを見るのも、優しくてうれしい時間だった。背後では子供がキンタマと叫びながらドタドタ走り回っていたけれど、それは僕にとってメリットでもデメリットでもなかった。

終バスが無くなってしまう前に僕たちは立ち上がり、温泉施設を出てバス停に移動した。時刻表を見ると、バスが来る時刻までまだ20分ほどあった。それまで僕たちは、もうほとんどの店がシャッターを下ろした夜の商店街を歩き、時間を潰した。目に入る看板の文字を、一つずつ読み上げていった。

バスが来る時刻になった。乗った。僕は北海道に移住して生活する妄想をしながら、帰宅した。帯広市が住みやすいらしい。室蘭市も気になる。札幌も。

東京で寝た。

誕生祝いはしたけれど、僕の誕生日は、まだ来ていない。

でももうすぐ来る。

歳の数が、増える。それはとても受け入れがたいショックです。歳の数が増える日までは、日の数が着々と増えていく。耐えられない悲しみです。あらゆる数は、増える一方です。

減るパターンも見てみたいです!