人生はメールとともにあった

2024 - 08 - 14

国立近代美術館で『トリオ展』を見た。パリ市立近代美術館、大阪中之島美術館と協同で収蔵品を持ち寄り、同一テーマごとにそれぞれ3品ずつモダンアートを並べた企画ものだった。企画コンセプトはありつつ、おおむね時系列で並んでいたので、近代美術史の勉強にもなった。

これが印象的だった。抽象画家・吉原治良の《菊(口)》。前衛芸術として抽象絵画を描くことが禁止されていた戦時下に描かれたもの。菊というお国の象徴となる具象をしかたなく描いてるけど、あきらかに抽出のプロセスを経て描いている。静かなる抵抗だ。みっちりしてふわふわなのに、コンポジションがイカしてる。

藤田嗣治の絵はたくさんあったけど、この《少女》がすごかった。すごくない?

あとは写真撮ってないけど、佐伯祐三という画家のパリの風景画が軒並み好きだった。佐伯祐三、名前覚えたぞ。

虫(コフキコガネ)が徒歩で近代美術館方面へ移動していた。ぼそぼそと緩慢な動きだった。美術館はもう閉館していた。

皇居の周りを歩いた。いたるところで納涼のためのミストが撒かれていて、いい気分になった。一緒にいた人が根元のホースを掴んでミストをすべて停止させようとしたが、ホースは頑強でびくともせず、失敗に終わった。後ろを振り向いたら皇居ランナーの集団がこちらへ迫ってきていたので、我々はおののいて退散した。

ブランコを漕ぎながら他人の恋愛の話をした。

プールサイドにはカラス。水分を欲しているようだった。プールに水は溜まっていなかった。僕も水分を欲していたのでデニーズへ急いだ。

何かしらの病気に見える木。以前、脚本執筆の参考のため、植物がかかる病気についてすこし資料収集したことがあった。アジサイの花弁が葉に置き換わってしまう「葉化病」とか、木の枝が突如無数に枝分かれし毛玉のようになる「てんぐ巣病」とか。植物の病状には、人間の病気とは違ったえぐさがある。僕はふだん植物に対して、人間に対してほど観察の目を向けられていなかった。そのため、図鑑などで見る健康な樹木や花のイメージが固定化されてしまっていた。だからいざ変容した姿をみると、ぎょっとしてしまうのだ。

千鳥ヶ淵から国会議事堂とかを見つつ、麹町方面へ、麹町のデニーズ方面へ歩いた。

いらっしゃいませ。デニーズへようこそ。

デニーズで、自分が過去4年間に書き留めていた日記を読み返した。日記は良い。記憶を外部ストレージに託せば、いくらでも自分の人生を振り返れるようになる。読み返すと面白いし、今の自分と過去の自分の違いを見つめて、新たな気づきを得られたりする。

僕が書いていたのは正確には日記ではなく、メールだ。僕は4年間、親友にほぼ毎日メールを送り続けていた。送らない日もあったが、一日5通くらい書いている日もあるので、均すと一日1通以上送っていた。内容はその日あったことやその時の感情、今後の予定の整理、魂の叫びなど様々だ。親友はとくに返信はしない。読んでいるかどうかもわからない。それでも、いつもメールを受け取ってくれて本当にありがたい。

去年、2023年の今日はどんなメールを送っていたか見てみる。コピペしたけど、個人情報にかかわる部分は伏せている。

件名:獣王園を知らない最後の俺

焼いたパンに抹茶アイスとバナナとチーズのせて食べた そんな日もある
昨晩は朝12時まで眠れず、ギター弾いたりしてた 寝て18時に起きたら喉が痛くて 抗原検査キット買ってもらったり色々しててもう夕方なんで◎◎◎に行くべくもなく
寝てダラダラしてた 作業できなかった
東方新作、本当の本当に楽しみだけど、 もう今のZUNに、期待を上回るゲームは作れるのか、期待を上回る音楽は作れるのか その辺はもう全然 不安だなあ
その後しっかり現代的なゲームパラノマサイトを遊んだ いやぁーなかなか名作だった すごい勉強になったし ちゃんと面白いという安心があった

東方新作への危惧と、めちゃくちゃZUNさんに失礼なことを書いていた。申し訳ない……。僕は本当に東方Projectの原作STGと、その楽曲が好きなんだ。それゆえに、思うところがあったのだろう。

一昨年、2022年の今日はどんなメールを送っていたか。

件名:Если бы у бабушки был хуй, то она была бы дедушкой(おばあさんにイチモツがついていたらおじいさんだったのになあ)

ジェームズ・ヤング『アイデアのつくり方』がなぜ人気なのかわかった すっごい薄いからだ びっくりした たしかになんか、いいな 
「とにかく資料を集めて、資料について様々な角度から考えなさい そしたらしばらく忘れて別のことをして、アイデアがひらめくまで待ちなさい 思いついたら、それを頑張って形にしなさい(ここがつらいけど諦めるな)」ということが書いてあるだけだった
すごいわ 薄さがすごい 文字くそでかい
これだけを一冊の本にして流通させたという付帯状況がこの本の価値を作っている気がする デュシャンの泉みたいな話だ
マイナポイント 15000ポイントしか付与されてなかった というか付与はまだされていない? 決済時に付与される? その付与ってのは支払いに充当してくれるという意味なの? 「d払い」と「dポイント」が別物なの意味わかんねえよ ポイントってどうやって使うんだ ああああああああああああああ これは理解する努力を怠った末の叫びじゃない 調べたけどわからなかった叫び 「ポイント」が「金」になる工程にマイナンバー側もdocomo側も微塵も触れないの、どうかしている、狂ってる 全て申し込み済みなのに5000ポイントは入ってないの、ああ、だめだ、このわからなさを伝えることができない、明らかにおかしいんだ、俺じゃない、業者のどこか何かが、明らかに説明不足で、ああああ ちょっと理解した 5000ポイントは利用額の25%が付与される分、つまり20000円分使えば実質5000円は貰ってることになるという方便だった なるほどね…
調べるのやめよう 実際に確かめてみればいいんだ 何か買ってみよう
そんなちょうどよく物欲が無えよ
と思ってメモ帳見たら「ブックスタンド」と書いてあった そうだそうだ レポートとか本見ながら書く時に押さえるやつ欲しいと思ってたんだ メモ帳便利だな!!! 欲望を思い出せる
買お買お
ブックスタンドと調べると2通り出てくるな 本をこう縦に並べて収納する枠(ブックエンドの亜種)と、一冊の本を広げて固定するやつ 後者が欲しいのよ 書見台ともいうらしい? 新たに出現した語彙
買った…
嬉しい…
なんかよりよくするより今まで苦しいと思っていた要素を取り除く方が実感があるな…それは今の俺がそういうメンタルなだけだが、あー 死んだ方がいい気がする
【20:38】美術手帖2020年4月号読む
ままならないから今からやること決めよう 読みま〜す よろしく
「フックショットを手に入れると、今まで気にしなかった頭上に注意を向けるようになる。自分の能力が変われば、空間の潜在的な移動可能性ごと書きかわるのだ」
フムフム
読んでたら■■■から適宜ミックスデータが送られてきたので、聴いて意見を送る

全然良くない 心臓高鳴ってきた
〜3時間後〜
■■■、音圧のことばかり考えている FC音源の高音域を同じ思想でいじったら金切り音になるのよ 主旋律が高い音と低い音の組み合わせなんだけど、下はベースのっぺり鳴らして上だけメロディを凝っている部分がいくつかあるんだが、■■■は低音重視のため下を強調しすぎて俺が作ったメロディが殺されている
こういうのは言って伝えていけばいいし、先方も理解して直してくれるのだが 進捗が芳しくない
友達の作ってくるものをダメ出しして跳ねつけるのしんど〜 だからといって妥協する気にもなれないから割と直截に言ってしまう 丁寧な言葉選ぶのめんどくなってきて「現状だと高音がつんざいて耳バグる」と送ったら「出来が悪くてすまん」と言われて、なんて返せばいいかわかんなくなっちゃったね むずい空気
構造上■■■が俺のMIDIをディスることはできないから、俺が一方的に■■■の作業に口を出し続ける状態
俺は俺でミックスの知識がゼロだから「トロヤがやった方がマシ」というわけでもない トラウマになりそう いたたまれないので俺も独自でEQとリバーブの実験して時間をつぶす
■■■がいいミックスを提出してくれるのを待ちつつ、俺も上達して自分で自分の要求満たせるレベルを目指すか
ハッ
■■■良くなった 突然良くなった
すべてが伝わったのか 俺が上達するより■■■の対応の方が早かった
メンタル向上してきた———ーーーーー
テイク8で完成
やったー!
しかし■■■が寝た後にiPadでwav聴いたら違和感を見つけてしまったのでリテイクのダイイングメッセージ残した!
キャー
3:37 ◇◇◇を服用
中盤空気悪かったが、■■■の精度が急に上がってから楽しくてたまらなかったな こういうの、タノシ
最終的に(まだできてないけど)元々よりいい感じになってよかった ■■■さ〜ん
今飲んでる薬は◇◇◇ イミダゾピリジン系 GABAがどうたら 医薬品添付文書では警告表示にて第一に夢遊行動があらわれることを強調 特に運転は厳重注意 依存にも注意
自覚的にならねば 海外では割と規制されている
服用中 観測
・饒舌になる
・思いついたことをすぐ言う
・薬飲んでる時に人と喋る機会があるのがおかしいが
・文章が絵に見える
・歩くと重心が取れずふらつく
・自己肯定感に溢れる
・なんでも良く見える
・だからしょうもないアイデアをものすごい発明と思い込む
・クリエイターは麻薬に手を出すというけど、俺の場合は超センスなくなるからだめ
・ものや人を褒めちぎる
・普段心の中で思っていて言わないことを言う
・あこういうのを「多幸感」というのか
・無敵な気がしてくる
・生きるのが楽しく
・周りのみんなが好きに
・メールをつらつらと書く
・大抵は翌日に恥ずかしい内容を書く
・フォーマットのある書き方をして列挙する
・つまり箇条書きをする
・LINEのスクショを送る
◇◇◇を服用するとどうしても●●●に話しかけたくなってしまう ・運転には注意 ・いわゆるハイになるというやつなので、危険 依存にも繋がる 特に注意すること 夢遊行動は添付文書にて第一の警告表示 効能(というか副作用)としてこころがふわふわして、無敵のような気がする、自己肯定感がひじょうに高まる、なんでもかんでも良いものに見えてくる、生きることが楽しくなる、自分の作ったものを人に見せたくなって送りつけてしまう、好きなもののや人のことを滔々とメールに記入する、人に話しかけに行く、物欲が湧き、無意識でものを購入する 夢から覚めるたびに●●●や●●●のお母さんのことを考えて(ここ最近●●●の夢ばかり)、世の中から疎外されたようなどうしようもない寂しさにおそわれ、●●●のことが怖く、あるいは怒り・殺意が湧き、なめらかに自分に視線が滑り、膝が崩れて、眩暈に連れ去られるような速度で胸の内側で痛みが発生する 無痛になんてなれない人生のすごく悲しい強い痛み メールに慌ててその牙を剥いた感情を書きつけて灯篭流しに処す 最初は●●●を殺したい、腎臓に隠し包丁を入れたいなど書くが、だんだん何を殺したいのか不明瞭になってきて、●●●のことを愛してることも思い出してきて、終焉のゆきばが霧散して、ただただ苦しいという、付帯状況の無い、ニュートラルな、素の希死念慮にせばまれて、苦しくて頭痛や暑さにかこつけて横になる そうしたら日が暮れる ダウナーなサイクルを回し続けて夏を転がしているけど 今は違う ◇◇◇服用中のトロヤは普段言えないこと、心に秘めたことを言ってしまう、好きな人の好きなところなんかを捲し立ててしまう ◎◎◎に行くことが決まった●●●の話を聞いて、一緒に観に行けなくなった自分と、上手いことお金を稼いでいる◎◎◎にも呼ばれるような”すごい”●●●に苦しめられる そんな●●●が僕の苦しみも意に介さず自慢げエピソードをほくほくした顔で言ってどんな表情で臨もうか迷い中のトロヤに構わず話を進めて肉を食ってゲップをする●●●が僕は好きなので、話しかけて、どんな答えが返ってくるだろうかを胸を高鳴らせながら待って、返答の通知が来たら安心のため息をついて、なんて返そうかな? と跳ねてしまうような、そんな自分と、●●●が好きだけど ●●●と一緒にいると1日に3回くらい僕は殺されている気がする それは自分で自分を殺している 底をついた自尊心は他の人には想像もできない被害妄想を呼ぶから そうやっていつだって影がちらついて、つらくて、街でも大声をだすんだの そんな毎日を過ごしているけど、 ◇◇◇トロヤは、そんなことも意に介さず、好きなことの好きなところ、好きな人の好きなところなんかを抱きしめて、自分の声が身体中で響くからそれも厭わず編んで、人前に出られる、絶望は微塵もない 不安がここにはないから 大好きな人と大好きな自分と大好きな人生の川の字しか見えないから、どうしても幸せになってしまう これを「多幸感」と呼ぶ 依存はしてるつもりないけど、対比には汗が垂れるよ 日々がこんなにも難局で、暑さや、動機や、アイデンティティクライシス、劣等恐怖との戦いで寝そべることも有償に感じるのに、お薬を飲んだら無類の幸せの雲畑でねそべることができる この対比がグロテスク 僕は生きたいなら、どうすればいいんだ 身に覚えのない二択 今はなんでもできるよ 長文のLINEを大人の人に送ることだって でも目覚めたら、自分が描いた文書のその恥ずかしさに悶えるし、顔を隠してもままならない二人の関係に破壊的な変化が彫られてそれも恐ろしくて、頭を抱える 冷静な人生が苦しいから、冷静な人生に戻りたくないけど、冷静な人生をすごすみんなのようにはなりたい 今みたいに断絶のある暮らし方は不健康かもしれない ●●●のことは愛しいけど、殺したい 殺したいというのは、恥ずかしいから目撃者をしばきたいという意味 ●●●が心の中で僕のことを嗤ってないのはわかってる でも●●●はみんなといると、一緒に僕を嗤う まあ、大丈夫、辛いときに、辛さが兆すとき、「アー!」と叫べばいなせる 毎日辛いけど、今はつらくないよ ◇◇◇トロヤだから それに、シラフの時も割と辛くない時間もあるよ 集中して作業するときはすごく生き甲斐に身を浸している感じがある それに●●●と囁いたり、抱き合ったりどこかに出かけて、楽しんだりするのも、全部うれしさに人生を覆われて、ここまできていて良かったという気持ちになる ただそれ以外の時間がすごく辛いんだ 寝そべっても頭は痛いし、●●●や●●●の母や予備校時代の先生や母親に笑われる妄想が襲い来るので奇声で振り切るしかない そのあと失笑声が漏れる 搾りかす 今はおだやか すごくね 最初から目的のないメールを送ってしまった 心の中に思っていることをいうのは自動手記人形◇◇◇トロヤの専売特許なので、(普段は好きなものも、やりたいことも、言えない、自信が無いから)自走させて様子をみるつもりだった そしたら●●●のことがよぎってきて寂しさに震えが止まらなくなって指を運んだ 最初は何気なく話しかけようとしたんだ その延長が樹形図だったね ごめんね 悲しいことしか考えてなくて 今は幸せだし人生をやる気は満々だよ ●●●とは別れたくない ●●●が人生のクオリティみたいになってしまった ●●●に褒められたり撫でられたりすることが僕の電気だから、そうやって駆動していくために、●●●に会いに行きたいし、もっと話して、彫りたい

件名、何? そして長すぎる。

当時不眠症で悩んでいて、睡眠導入剤を処方してもらっていた。しかしその効き目が鋭すぎて、服用後かなり高揚し、記憶を失って頭の中身をすべてそのまま書いてしまったのだ。●●●さんに対して抱いていたすべての感情が恐ろしい分量書かれている。この薬はすぐに処方停止してもらった。こう見返すと……昔に比べて今はずいぶん成長したとわかるな、本当に……。ちなみに、最後の長文パラグラフはそのまま●●●さん本人にもLINEで送っていた(最悪)。でも本当にありがたいことに、その人とは今も友好の関係にある。

僕は今一度周囲の人に感謝すべきだ。メールを受け取ってくれる親友も、いつも音楽の相談に乗ってくれる■■■も、こんなに呪詛を吐いても僕との関係を保ってくれた●●●さんも。こんなに良い人たちはいない。僕はみなさんの優しさに生かされている。

さらに前の年、2021年の今日はどんな内容だろう。短いといいな。

件名:ビチビチ跳ねる魚

ギョエーーーーーーーーー!!!!
やまややまままやまたままたたややたたてたたたまやたたたやややたたたまたやたたてやたま「たまやたたや
おかしいよ 自由制作という作業を 超直近の締め切りで追い立てるのはおかしいや
「明日までに自己を提出してください」っておかしいだろ
なぁ!?!?!?!? ドラァ!!!!!!!!!!!
ゆっくり向き合わせてくれ ゆっくり向き合わせろ なぐるぞ
きゃーーーーーーット
うぉぇ
考えろ

ぜんぜん短かった。締め切り前のよくある発狂だった。

ここ4年間、僕の人生はメールとともにあった。メールは良い。その場その時のホクホクのテキストをアーカイブできる。保存できるゆえに、一度書けば、忘れてしまうこともできるのだ。これは認知行動療法的なメンタルケアの実践に近い。辛いとき、辛い自分をアーカイブするのだ。気持ちをフロッピーディスクにしまってしまえば、リニューアルされたまっさらな自分が手に入る。それで新たな一日をはじめるのだ。