DIMTITMID定理とは何か

2025 - 02 - 08

午前11時に起きた。薬をすぐに飲まずに、散歩のあとに飲んでみようと思った。昨日何もできなかったのは、薬効のある時間帯(飲んでから12時間)を逃したからだと思ったから。僕は散歩などに2時間かかってしまうから、散歩が終わってから飲めばいいかも、と思ってみたのだ。

でも朝食の盆を前にして、何もやる気が起きず、いつもの硬直。散歩は無理そうだった。幸い日光が窓から射している部分があるので、家にいながらそこで陽を浴びていた。散歩はやめるか。手を伸ばせる位置に薬があったので、飲んだ。太陽を網膜にとらえながらこれを書いている。

動けない。何もわからなくなっちゃったな。絶望の手前で疲れきっている。散歩をやめた意味。

Vlogを見て、自分が食事中にあまりに食べる手を止めていたことに呆れたので、昨日から食事中はスマホを触らぬようにして、映像も見ないことにしてみた。しかしそれは失敗だった。食べ物を見て、食べ物を口に運び、味わって飲み込むというプロセスが、叫びそうなほど猛烈につらいことに気づいてしまったのだ。家の料理は僕にとって、真面目に食べるには不味すぎるようだった。ちゃんと「食べる」のは、苦行以外の何でもなかった。今まで映像を見ながら食べていたのは、食べることそれ自体から注意を逸らしてくれていたのか。

スマホは手を止めてしまうから、iPadで何か映像を見るのは許そうと決めた。でもYouTubeの動画はVlogを思い出してしまって嫌なので、アマゾンプライムでなんか作品らしいものを見ることにした。昨晩は『PERFECT DAYS』を見た。するとスムーズに食べられた。そして映画面白かった。見てるとき幸せだったな。

そうだ、本読むか。今死ぬほどつらいけど、映画とか読書ってそれを結構紛らわす効果が高いような気がする。

『箱男』を1時間ほど読んだ。海水浴場のシャワー場で、暗い空とそれよりも暗い海の境界線を目の高さに合わせながら、眠ろうと目をつぶる場面がとても良かった。読書してたらかなり精神が持ち直してきた。本を読むと、こんなに心が安らぐのか。薬の効果が回り始めたからかもしれないけど。どちらにせよ、絶望しそうで何もできないだけの初動の時間を埋め合わせるのに、本を読む行為はとてもマッチしている。作業できそうだったので、立ち上がってコーヒーを淹れた。僕は白い紙に、今日の現在のフローを記録した。

こんな長いことやってきたのに、昨晩の映画やさっきの読書の効能がぜんぜん思いがけないものだった。その日その日を考えて暮らしているつもりでも、まだまだ自分のことをわかっていないのかもしれない。

リンゴちょっと腐敗から戻った感。まだわからないけど。昨日は何もしなかったが、初めから終わりまで頑張ろうとはしていたし。前の3日間と同じ評価にしたくなかった。

作業はじめますワ。やることは相変わらず、ステージの仕組みを洗い出して実装するだけ。

アイデアはいったんすべて洗い出した。CSVにして流し込めるように、整理しよう。16時。ウオ、猛烈な眠気あり。昨日と同じだ。昨日はこれにしたがって布団に寝そべったら、気絶したように寝てしまってその後もしんどかった。今日は椅子を倒して、仮眠風に休んでみる。布団は罠。

眠れなかったけど、休めた。喉が乾燥していたから、身体は一瞬なりとも睡眠モードに入ったと思う。少しのあいだ頭の中を空っぽにすることもできた。頭の中を空っぽにするには訓練が必要だ。徐々に。なめらかに作業を再開した。

18時半。いったんご飯食べる。今日はずっと動悸と吐き気がひどくて、食欲がまるでない。匂いを嗅ぐだけでももどしそうになる。食欲不振の理由は明白で、今日目覚めたとき、2錠飲むはずの薬を3錠飲んだからだ。薬は2錠ずつ横並びになっているから、僕はいつも一日にちょうど横一列ずつ薬を取り出して飲んでいる。でも処方量は最初から2錠だったわけではなく、もともと一日1錠だったところを、段階的に増量して2錠になった。その切り替えのタイミングで、片方だけ薬が飲まれてしまった余りの列が出来ていたのだ。それがずっと残っていて、全体量が奇数のまま一日2錠を飲み続けるのは気味が悪かった。だからいつか調整して偶数にしようと思っていた。

今日がそれだった。余りの列を消して総量を偶数にするために、3錠飲んだ。そしたら見事に説明書通りの副作用が働いて、めちゃくちゃ吐き気がする。心臓もバクバク、発表前のような緊張状態が続いている。尿意がつねにある。集中力は増している気がするけど、完璧に後悔した。よく考えたら、3錠じゃなくて1錠飲めばよかった。軽はずみなことをした。本当に怖いのは、人間なのかもしれませんね……。

いや

「よく考えたら3錠じゃなくて1錠飲めばよかった」じゃないだろ。よく考えても考えなくても一日2錠で処方されているんだから、3錠でも1錠でもなく2錠飲むべきだった。総量が奇数なのを許せないというこだわりに、取り憑かれていた。次から薬に余りの列ができたら、目に入らないところにしまっておくことにしよ……。本当に怖いのは、奇数なのかもしれません……。

そういえばみなさんって、一人しかいないですよね。気持ちの悪い……。

ちなみにオーロラは、北極圏と南極圏で同時に発生する。『宇宙よりも遠い場所』で見た。地磁気の対称性から、A地点で発生しているとき、地球の真裏のB地点でも発生しているのだとか。最高! 僕たちも見倣いたいです! 一人しかいないとか、だるすぎ。

ドッペルゲンガーってそういう「自分の対がないこと」への偏執的な恐怖から生まれた概念なのではないか。自分という存在が奇数個ではないと安心できる考え方はないのか。鏡とか。僕の鏡像異性体って、僕を含めると2通りしかないんじゃないかな? 僕を構成するたんぱく質とかについてそれぞれの鏡像異性体を考慮するにしても、場合の数は2のべき乗になるはずだから、奇数であることはないはず。身体の成分が部分的に鏡像異性体になることなんてあるのかな? 生きられるのか? 適当に調べたら、高齢者の水晶体は老化にしたがってD-アミノ酸(L-アミノ酸の鏡像異性体)の割合が増えていくらしい。とはいえD-アミノ酸は人体においてはとくに機能しないようで、基本的にはおじゃまぷよみたいなものらしい。

鏡映しの僕って、すべての生体分子が鏡像異性体になっている状態なのかな。

ChatGPTに尋ねる。論点が食い違っている気がする。鏡映しの僕と、すべての生体分子が鏡像異性体の僕は同じだと思うんだけど。

全然よくわかんないけど、量子力学のスコープで見ると、弱い相互作用は鏡像反転が反転しないらしい!? どういうこと?

僕の安直な想像では「鏡映しの僕は鏡映しの世界にいる。鏡の世界ではすべての分子が鏡映しで存在し、すべての物理法則も鏡映しで成立している。だから、今僕がこの世界に生きているように鏡映しの世界の僕も鏡映しの世界で生きている」と思っていた。でもChatGPTの言うところによると、一部の物理法則(主に弱い相互作用)は鏡映変換をかけても反転しないことがあるらしい。これを「CP対称性の破れ」というらしい。かっこよ。つまり、鏡映しの僕も、この僕と一部同じ(重なる)物理法則で生化学を行っているということだ。一方、鏡映しの僕を組成する成分(アミノ酸や糖など)は全部反転している。だから、物理法則と粒子がまるで右手と左手で握手しようとするかのように噛み合わず、鏡の世界の僕は正しく生命機能を維持できないことになる。なんと。今解明されている物理法則を認める場合、鏡の世界に生きる僕は可能世界としても存在し得ないのか。

鏡の国に「何らかの未知の補正メカニズム」みたいな微調整がないかぎり、鏡に映った僕に命の保証はないわけか。現行の科学の内容ではまだ、僕が鏡像異性体を想定することで、自分が一人ではないと安心するには至れない。どうなんだろう? 僕からすると、”普通に考えて”、今の量子力学が認める対称性の破れも、いずれはそれをさらに包括するより根本的な対称性によって説明できるようになると思うんだけど。僕が神だったら、絶対そのように設定する。「対称性」と「対称性の破れ」、最終的にどちらに軍配が上がるのか。

そういえば、先日撮ったVlogの僕は、基本的にOSMO Pocket3の自撮りモードで撮っていてエクスポート時に反転処理もしていないから、鏡の世界の存在と言える。入江丸木はトロヤマイバッテリーズフライドの鏡像異性体なのだ。二人いるじゃん! よかったね。お先に失礼します♪ ん、じゃあ入江丸木は死んでるってこと?

お、

ご飯食べなきゃ。机の上にあるお盆の存在をすっかり忘れていた。21時? AI箸(食事中にChatGPTを使うこと。マナー違反)に興じてたら、夕食に2時間半かかってしまっていた。鏡の世界の僕の身を案じていたら、食欲どころではなくなってしまったよ。

笑えない。本当に食べる。ずっと同じ姿勢で書いていたから、気づけば尋常でない腰痛に襲われていた。薬3錠飲んだせいか? 鏡の世界に想像をめぐらす集中力が高まっていたという意味では注意散漫が抑制できていることになるけど、その集中が食事じゃない別のことに向かっていたら本末転倒すぎる。死のうかな。パートナーと電話したいけど、いまデビッドリンチ版のデューン/砂の惑星を見てるらしいので無理そうだった。

腰痛い! 死ぬ死ぬ死ぬ!! カラダファクトリー!

食べ終わった。

身体がギシギシだ。寝る。でももう少しだけ……やる……。

やった。すべて整理できた。明日から、ゴリゴリ実装を……。めちゃくちゃ描きまくりプログラミングしまくりの日々になる。なんかやりたいこと列挙したらめっちゃ量多くなってないか? これってやばいのでは……。

0時を回った。限界になったので寝る。今日は夕飯時にものすごく脱線して身体を痛めて時間も無駄にしてしまったが、個人的にはいいパフォーマンスを出せたと満足している。昨日の反省を活かして行動した結果、多少の眠気程度で布団に寝そべることは悪手であることと、絶望の最中にいるとき、本を読めば意外と乗りきれることを学んだ。自分のことが、よりわかりました。

明日からUnityで具体的なステージを作っていく。これからやるべき実装を緻密に洗い出した結果、僕が地獄の一丁目にいることがわかった。笑っちゃうぜ。でも実装めっちゃ楽しそう! ではある。

寝る。

頑張ろー。

《DIMTITMID定理》
CP対称性の破れを認めるとき、D-入江丸木(=鏡の中のトロヤ)は死んでいる