超人間空間デザイン論Ⅰ
手の甲をさすったら、粒上の突起がたくさんあることに気づいた。手の甲を見ると、細い丸釘がたくさん埋め込まれていた。さすった方の手にも同じくらい刺さっていた。痛みはなかった。斜めに刺さっている一本の釘の頭に爪をひっかけて、ひっぱってみると、瞬間風速的な痛みが走った。そして釘は血を滴らせながら抜けた。ちょっと気持ちよかった。しかし手の甲の釘が刺さっていた部分を見ると膿んだような穴が残っていて戦慄した。自分の手はいま、刺さっている釘の数だけ穴が空いているのかと思ってまじかと思った。僕は祈りながら手を返して、手のひらの状況を確認した。手のひらや手首のあたりの皮膚を突き破る、釘の先端部と思しき突起が見つかった。ウワ―と思った。やっぱか。刺さっている釘のすべてではないが、数えきれないくらいには貫通して、飛び出ている。僕は仕方ないと思いつつ、一本ずつ抜いていった。抜けば抜くほど手が風穴だらけになることが怖かったけれど、きっと時間が経てば穴は塞がるだろうと想像して、抜いていった。一本抜くたびに悲鳴をあげたくなる痛さがあるけど、その感覚は一瞬で消えるし、どちらかというと癖になる気持ちよさの方が勝ってきた。僕は両手に刺さった釘を全部抜いて、抜いたものを片手にまとめた。手の甲は穴だらけで、外気に触れてか流石にヒリヒリしてきた。

16時に起きた。枕元の薬を飲んだ。電気毛布のスイッチが切られていて、ぞっとした。
17時に起きあがった。リビングでは祖母がラジオ体操第二をやっていて、僕もやった。その後、祖母に「僕が寝ているあいだに電気毛布のスイッチ切ったでしょ。電気毛布の温度は自分なりに考えて設定したつもりだし、なにより寝ているあいだに布団に上がりこまれるのは、パーソナルスペースが侵されるようで強いストレスを感じるからやめてくれない」と言った。祖母は「だってあんた、布団をはだけて暑苦しそうにしてたんだもの」と言った。「そうなんだ。そういうのは起きてから言ってくれたらいいから、とりあえず寝ているあいだに何かするのはやめて」祖母はわかりました!と言い、もうこの話は終わりという顔でスクワットを始めた。僕が「納得いってない?」と訊くと「いってないわよ。電気代がもったいないじゃない。それに普通に考えて、羽毛布団と毛布に電気毛布も合わせてたら、暑いに決まってるでしょ」と言った。「僕は普通じゃない。僕にとっては電気代よりも、パーソナルスペースの確保のほうがが火急の要件なの」「もう一回言って」「Personal Space(流暢)。前も話したじゃん。この、この、範囲の、スペース。は、自分の安心できる領域だって思える、空間のこと」「ハッ。あんたそんな空間持ってるんだ?」祖母は笑った。「持ってる。僕はそれをお祖母ちゃんに侵食されることに、過敏になってる」「へーそう、大変ね。私あんたにそんなに嫌われてるなんて、ノイローゼになりそう。そんなに私のことが嫌いならとっとと出ていけばいいじゃない」「それはそうなんだけど、なかなかすぐには出ていけるものでもなく……」「そうでしょうね。あー報われない。早く死にたい」
祖母は、自らの老婆心による働きかけが報われないことに対して勝手に苦しんでいる。僕はそのことが心底興味ない。迷惑。なぜ僕が祖母の報酬系の一端を担わないといけないわけ。祖母はスクワットを続けた。僕はソファの手すりに腰かけた。スクワット見物しながら、自分が言わないといけないことを考えてまとめた。
「たしかにお祖母ちゃんの立場からしたら、僕が布団をはだけてて寒そうだったから整えたってのは自然だね。気遣ってくれてありがとう。てっきり僕は、忍び足で近づいてきてスイッチを切り僕を凍えさせる、電気代節約だけ考える魔物みたいな感じでお祖母ちゃんの姿を想像しちゃって、そのイメージに引っ張られて被害者的に考えすぎてたと思う。善意でやってくれたことに文句を言ってごめんなさい。でもパーソナルスペースについては言ったとおりなので、これからは寝ているあいだに布団に上がるのはやめてくれます。寒そうな格好になってても、放っておいて、後で言ってくれたらいいから。お祖母ちゃんが言ってくれなかったら、電気毛布の温度設定が失敗していたことがわからなかったし」祖母はハイハイわかりましたと言った。「あんたがたまにそういうこと言ってくれるから、報われない生活も耐えられるわ」と言った。
その後、ハチワレが言いそうなことを考えながらご飯を食べた。
「ドーム」何個分かで・・・誇ってるんだよッ
ねェこれってさァ・・・見つけたかもッ・・・「季節」ッ
払ったから「価値」が生まれた・・・ってコト?
いっかァ・・・どうでも・・・「個体差」だよねッ
祖母と争ったとき、「あんたのこと一生懸命育てたんだから」と道義的な追及を受けると難しい。父や母だったら「そっちが勝手に産んでおきながら何を」と子側の常套句が言えるけれど、祖母は僕を産んでないのだ。両親が勝手に離婚したあと、僕のことをわざわざ育ててくれたのだ。それについて僕が感謝する道理はないけれど、その徳の高さを尊敬する道理はあるかもしれない。僕側にもっと、祖母に対する想像力とリスペクトがあってもいいんじゃないかと思う。僕は25歳だ。25歳。25歳だからどうとは言えないけど、僕は25歳で、25歳は25歳だ。道理で言ったら「とっとと出ていけばいいじゃない」に勝る道理はない気がする。14歳ならまだしも、僕のような者がいまだに親と道義的な正当性をめぐって言い争っている時点で、幼稚すぎ。祖母が僕を育て、僕が祖母に育てられる過程で、理屈を超えたお互いへの自然な愛と自然な尊敬が、育まれなかった。あまり上手くいかなかったのだ。それだけだ。上手くいかなかったのは誰のせいとか考えてもしょうがなくて、僕はもっと楽しいことを考えていく。
いくんだから!
ウッ
いくんだから!
いっかァ・・・どうでも・・・「個体差」だよねッ
散歩

麦わら帽が落ちている。夏だと聞かされて外に出た人が「冬じゃねーか!」とブチ切れて投げ捨てた。

太陽はすぐに沈んじゃった。最近夜間に外を歩くことが精神的にきつくて、風の音とかが嫌なのでイヤホンをつけてごまかした。宇多田ヒカルのFirst Loveというアルバムを聴いた。宇多田ヒカルのことを全然知らない。寝巻を着ているところしか見たことがない。一定の世代の人は決まって宇多田ヒカルの凄さを語る印象があって、かなり時代を支配したアーティストだったんだろうなと感じる。僕の世代における米津玄師みたいな存在? と思うけど、話を聞く感じ、それ以上の熱気があったんじゃなかろうか。

宇多田ヒカル。『道』、ぬろぬろしていてすごい良い。メロディの切れ目と歌詞の切れ目がずれている。針が布の二つの面ををなめらかに往復して糸を絡ませていく感じだ。曲も自分で作っているらしい。歌詞も自分で書いているらしい。歌も自分で歌っているらしい。寝巻も自分で作ったのか?

親子に限らない。道義的な正当性をめぐってディベートしてるような関係性はやばい。「一般的に~が正しいとされている」とモラルを参照しながら争うのは、だいぶ末期の展開じゃないのか。
でも僕はそればっかやってる。

Windowsに性質を見抜かれてる。クリックしたらCopilotにポモドーロテクニックを提案されてむかついた。すでに何度も試してるわ。あそうだ。今日は自室の空間デザインをすると決めたのだった。今これを、椅子に座ってパソコンで打っている。普段は座ることを想像するだけでもきついのに、日記を書くためなら椅子に座ることを厭わないんだな(真面目な話、脊髄反射みたいに思っていることを書ける僕の性質はそれなりにユニークだと思うので、これを上手いこと仕組み化してマネタイズして生活の燃料にできればいいんじゃないかと思う。自分では想像がつかないが、なんか、そういうのが得意な人の手にかかれば、可能なんじゃないのか。誰か僕を有効利用できませんか。そのためにはまず公開状態にしないといけないな。ユメギドが完成したら公開する)。これも一つ、自己分析の材料だ。
ご飯食べる。もうすぐグランドブダペストホテル見終わる。次の映画決めないと。
0時26分。

僕がゲーム開発をするのに最適な部屋づくりをする。

この椅子に座れなくて困っている。座れるときは座れるけど、作業に没頭しているときだけだ。気が散っているときは、すぐに身体のどこかに不快感が生じて、変な体勢をとったり、腰痛が起きたりしてしまう。よく、もっと良い椅子を買うといいよと勧められる。「良い椅子は良い」というのは認めるけど、僕はそれでは改善しない。みんな鎖骨がむずむずしたことがないからそんな悠長なことを言えるんだ。みなさん、自分が今までに椅子をいくつ壊してきたか言ってみろ。僕は……4? 大見得切ったわりにはそんなだった。なんにせよ、信じてもらうしかないんですけど、座る姿勢の維持が苦手なのだ。それは僕の生まれもっての多動性によるものだから、ハーマンミラーはあてにならない。トロヤマイバッテリーズフライドは人間工学を超越する。超人間工学人間だ。
これ参考になった。体幹を鍛えるトレーニングを進めていく方針は間違いなさそうだ。動画によると、ジャングルジムとか、鬼ごっことか、しっぽ取りをすると良いらしい。特にしっぽ取りが良いらしい。どういうわけかADHDの特性としての「椅子に座っていられない」は、ほとんど幼児期の症状として紹介される。
2023年までは、すぐに椅子から離れてベッドに身を投げてしまっていた。2024年12月4日からはその動きを抑制するために、布団を別室におくようにして、離席のハードルを上げてみた。別室は祖母の物置でもあったので、迷惑にならないよう寝るとき以外は畳んで、寝そべらないようにした。この対策はある程度奏功したように思ったのだけど、だんだん椅子に座ることの嫌さが大きくなってきて、破綻してきた。布団から起き上がるのを渋ったり、食事を先延ばししたり、寝室に籠るようになってしまった。布団も畳まなくなった。布団を畳まないと祖母に怒られ、怒られると寝込む。トホホ。部屋に入るも椅子を見ると胸騒ぎがして、入り口で固まってしまうことが増えた。
椅子に座れる自分を目指すよりも、いかに座らない状態を作業に結びつけるか、あるいは、いかに座ったまま動き回れるか、みたいな考えかたがいいと思う。立ったまま作業できるデスクを試すとか、フィジェット系のアイテムを導入して座ることそれ自体から注意を逸らすとか。

何に先立っても、どう考えてもベッドを取り除くべきだ。

毎回よいしょとベッドに登らないと机にたどり着けない。変な部屋。ベッドが部屋を真っ二つにしているせいで、椅子の稼働域が水色のエリアしかなくて、この狭さが抑圧的な雰囲気を強調しているのかもしれない。せっかくキャスターがついているけれど、椅子自体はほぼ動けない。背もたれが壁に引っかかるから一回転もできない。気も狂うわね。振り返ると、昨年末からこのことを考えていた。
いったんベッド壊すか。もうその後の課題も見えているけど、まずは手を動かそう。

やりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくない
やりたくないんじゃなくて、何からやればいいかわからないのか。上に乗っているものをいったんどうにかしたいけど、どうにかできねー。それぞれどうにかしかたが違うーと思って、止まっちゃうな。
邪魔な衣類、全部クローゼットに入れるね。

さようなら
ベッドの上の衣類をどかすと、埋もれていた書類がたくさん出てきた。次から次へと……。写真撮ったけど個人情報の宝庫になっていたので載せないほうが良さそうだった。僕の情報以上に、人から贈られたものとかが無惨な形で潰れたりしててそれがまずい。
今はベッドを解体する作業中だ。片付けをしているわけではない。一枚一枚について、捨てるか置いておくかみたいな判断はやらなくていい。書類はすべて一箇所に、重ねてまとめよう。ベッド上からどかしさえすればいいんだ。

全部どかした。自分が誇らしい。一般の方は埃まみれのこの水色をいったん清掃するかもしれないが、僕はこのままで行く。なぜなら掃除機は今深夜3時だからかけられないし、コロコロするクリーナーはたぶん物置にあって、物置を今漁ると確実に祖母を起こしてしまうからだ。
このまま行くって、このまま、これどうする。これそもそもなんなんだよ。うざ! うざうざうざ! 知らん、巻いて、とにかく座標だけずらす。お前の出処進退については、追って決定する。

水色の次は薄桃色の何なんだよ! さっきから色が実家すぎるんだよ。クリエイターが見せていい色彩じゃない。手前のしみも何か事件性を窺わせるけど、今の目的はベッドを壊すことだ。無視させていただきます。外します。

うわーよくわかんねー
でも進んでいる。これで留め具を外せば、ベッドは解体できる。六角レンチがどこかにあるはず。たぶんフレームのどこかにテープで貼り付けていると思う。組み立てた過去の自分ならたぶん未来の自分ならたぶんフレームのどこかにテープで貼り付けていると思うと思うと思うから。
なかった

何かを貼り付けてたらしき養生テープだけ残っていた。でもその下には何も落ちていなかった。
まだ
狂うな

手に入れた……!
見つからなかったので、もう普通に祖母を起こし、物置から汎用の六角レンチを出してきてもらった。3:49に眠っているおばあさんを起こすことの道義的正当性をめぐって場がピリついたけれど、ちょうど猫が餌を求めて鳴いたので、うやむやになった。
朝に布団にあがられたことで祖母に文句をつけた僕が、夜に祖母の布団にあがり、あまつさえ起こしてレンチを探させるなんて。だめすぎ。どの口が。どの口がパーソナルスペースだ。今日の僕、情けないどころではない。人として儚い。不等号でしか表せない。この部屋じゅうに舞ってる埃を集めて固めれば、少なくとも僕よりましな存在ができるだろう。
それでも関係ない。僕は他者に報いを求めない。自分でやると決めたことをやるだけ。やりたいことをやるだけ。ユメギドを作るのはユメギドを遊びたいから。作業環境を改善するのはユメギドを作りたいから。ベッドを解体するのは作業環境を改善したいから。六角レンチを持ってきたのはベッドを解体したいから。水が高いところから低いところへ流れるように行動するだけだ。施しも報いもない。僕が六角レンチを回すことは、僕が生きることとなめらかに繋がっていて、見逃してしまうほどに自然な営みだ。僕が生きるのは、六角レンチを回したいからだ。

サイズ合ってないんかい
合わんのかい
。
煙草吸いてー
すみません、今日は終わります。
ベッド解体できませんでした。頭のぐつぐつが限界で、これ以上やったら「咲いて」しまいます。明日こそ解体する。まずは合う六角レンチを見つけなきゃね。
状況は進んでるから。進んで、? ユメギドが? ユメギドが進んでいる?
うん。ユメギドは進んでいる。実際のところ、頑張ったと思う。僕以外の者には信じられないだろうが、ユメギドは進んだし、僕は頑張った。
今日の僕を褒められる者は僕しかいない。生まれてきてよかった。合わなくても、六角レンチを手にできてよかった。
黒い波の向こうに朝の気配がする
消えない星が私の胸に輝き出す
悲しい歌もいつか懐かしい歌になる
見えない傷が私の魂彩る
転んでも起き上がる
迷ったら立ち止まる
そして問う あなたなら
こんな時どうする
道 – 宇多田ヒカル
六角レンチ、合うやつ探すか。



ベッド解体した。
おやすみ