してあげられることもうなにもないのかしら

2025 - 03 - 10

元気いっぱい!

姉の家に来た。甥は相変わらず0歳だった。でもずり這いという泳法で家の中を自由に動けるようになったらしい。歯も生え始めたらしい。甥はカーペットの上に腰を据えて座ろうとしたが、体幹が足りないのか後ろに倒れこんでしまった。わかる。

こっちに来て靴下を触られた。この小さすぎる手指。まだ10本しかない。

僕は赤ちゃんのことを、本当に全然かわいいと思えない。赤ちゃんをかわいいと思えないことが理解できない人がいるらしいから、強調するけど。本当に。かわいいと。思えない。赤ちゃんを見ると、まず手近に殺す方法がありすぎることに震える。弱さが怖い。この写真だと僕の座っている椅子の脚がすぐ近くにあるけれど、尻の位置を正すためとかで何の気なしに脚をずらしてみたら、この子の手の骨を粉砕している、ということも起こりかねない。鋭角のなにかがあると、これが甥に突き刺さるんじゃないかと胸が騒ぐ。

そして僕は、赤ちゃんを(ピクサー的に)面白いとも感じてしまう。赤ちゃんって本当にあざとい、フリー素材みたいな鳴き声を出す。”ぶりっ子”の振る舞いってこれが元ネタなんだと気づく。みんながかわいいかわいいと言いながら寵愛している状況、そしてそれを赤子が享受している状況。ひっくり返し甲斐がありすぎる。ここに鉄球とか落ちてこいって思う。このマンションが急にふっと消えたら、住人もろともこの子も地上に叩きつけられてペラペラになったら面白いと思う。

テーブルの脚が今まで少し上に反るような形をしていて、それがもしかしたら甥の怪我につながるかもしれないと思った姉は、別のテーブルに買い替えたらしい。また、乳児がご飯を食べる用の食卓椅子は、4本の脚がこれでもかというほど大きく斜めに開いていて、絶対に倒れまいとしていた。乳児がいると、もののアフォーダンスが解体され、まるで自分も初めてのものに包まれているんじゃないかという気持ちになる。義父の体幹トレーニング用の筒が、甥にとってはぶにぶにした望遠鏡だ。甥が絵本をめくる様子をみると、そのピュアさに感動する。読んでいる。物語や意味などはまだない。「ページを手繰ると別の画があらわれる」それだけでも本の持つ重要なリアリティであって、乳児はこの世界のたしかな手応えに、目を丸くしている。彼を見てるとたくさんの気づきがある。こいつ初見のものばっかでいいな。マッドマックス怒りのデスロードをまだ見てないの、羨ましい。

祖母から電話がかかってきた。出た。「捜索願を出すところだったわよ。大丈夫なの」「大丈夫だよ」「そう。で、予定は?」「予定は、未定です」「そう。じゃあね。頑張ってね」ガチャ。祖母はいま、僕が頑張っていると思っているようだった。電話中、甥は静かだった。

あっちの姉にプレゼントしたpanpanyaがこっちの姉のところに渡っていて、一周して僕に返却された。僕は開いて甥に見せてみた。甥はざらついた紙面を触りまくり、ページを折ったりした。こういうのを見ると、豊かで嬉しいなと思う。もっとビリビリにしてほしーって思ったけど、紙のヘリで手を切ったらヤバイと気づいて慌てて引っ込めた。脳内では、甥の手はもう血まみれになった。

落下したコーヒーカップが甥の頭蓋を割り、溢れたコーヒーが彼の顔面に火傷痕をつくらないよう気をつけながら、育休中の姉と長話をした。姉の生活は、ずっと甥に目を光らせていて、気も張るけど退屈でもあり、大変そうだ。暇な日は川でボラを見るらしい。僕もパートナーの家での新しい生活の話をした。僕は頻繁に床に寝そべったりするんですけど掃除はしないから床が埃だらけで移り住んでから喉がずっと痛いんですけど、で、もしあのよかったらお姉ちゃん、ルンバを買ってくれませんか? とお願いをしてみたら、姉は「いいじゃん!」とOKしてくれた。ウオオオめっちゃ助かる。本当にありがとうと言った。

僕が乳幼児だった時代の思い出話をされる。トロヤは姉たちの部屋に勝手に入りこみ、遊戯王デュエルモンスターズのカードをハサミで切り刻み、椅子の上にうんこをして逃げたらしい。最高。それを受けて姉二人は、僕を紐でつなぐか檻に閉じ込めるか、本気で会議をしたらしい。姉は当時の親に対し「トロヤの手の届くところにハサミを置いておくのがまず信じられないよね」とぼやいた。親の視点。

どうしても、姉と甥がにゅ〜んって頬を合わせて確かめあう様子を見ると、ウーとなる。姉は「トロヤは昔から天使みたいに可愛かったよ。今も可愛いと思ってるしね」と言ってくれる。ありがたいことだ。でもやっぱりこの甥は、僕の持っていないものをすでにより多く持っているように見える。甥は泣きも笑いも全部母親に報告し、何の警戒もせずまぶたを閉じ、重たい頭を母親の胸元にあずける。眠る。僕は、自分のことが赤ちゃん未満に思える。僕は25歳にもなっていまだ未完成のネチョネチョした状態で、いっぽう甥のスペックは、着々と好評なアプデを進めている。二足歩行も時間の問題だった。

鬱っぽくなったので、ソファに横になって寝そべった。目だけ開いて甥を監視する。甥は四肢を実験するように全方向に動かす。カーペットで遊び、僕を見つける。僕の両眼を両眼で凝視し、笑ったり驚いたりする。僕は彼の顔を見て、食欲を失う。涙が溜まったけど、泣くのも僕じゃなくて赤ちゃんの仕事だから、僕はただ息を吐いて、疲れた。あ、別にお前に遠慮したわけじゃないからな。僕だって赤の御前で泣く権利くらいあるから。勘違いするな。でもいざとなると、無意識に食い止めちゃうんだよ、叔父さんくらいの歳になるとさ。オワー。

姉は、子育てたのしーって言ってる。楽しいわ〜って笑う。来年度から姉も復職し甥は保育園に預けられることになる。姉は悲し〜お別れしたくない〜と言ってた。義父がサンタクロースの格好をして、甥の枕元にプレゼントを届ける動画を見る。別世界だ。僕らは親たちからさんざんな目に遭ったはずなのに、その遺伝子も受け継いでいるのに、しかし姉は子をつくった。僕は、どうしてそんな地獄の再生産のような行為ができるのか、理解に苦しんだ。でも、まあ、そういうものなのだろうなと思った。少なくとも「子育てが楽しい」と笑えて、甥にはみ出すほど愛情を注いで、彼と一緒の時間と空間を過ごしている姉を見ると、姉は僕とも両親とも全然違う別の個人だとわかる。おこなわれていることは、単なる再生産ではない。姉には僕の知らない履歴や余白がある。僕とはほぼ無縁の夫がいる。きょうだいとはいえ、あくまで僕らは個人競技としてそれぞれの人生を生きてきて、それぞれの人格を形成し、それぞれの生きがいを見つけている。知っている愛の種類も異なる。

それにしても別世界だなと思う。食欲失っちゃった。姉がせとか(みかん)くれた。時間が来たので家を出た。

恵比寿で会社の人と食事。「パートナーさんもどうですか」と誘っていただけたので、3人で食べた。

きのこの専門店。きのこの火鍋、きのこの刺身、きのこの天ぷら。美味い! 美味い美味い美味い。まるで和食料亭のコースで出る肉・魚・野菜を、それぞれ肉風のきのこ・魚風のきのこ・野菜風のきのこに置き換えたみたいで、全体的に嘘っぽくて、うけた。ここのバイトって賄いもきのこなのかな。店主とか、人間?だと思うけど、気狂わないのかな。

クロマイタケ、トキイロヒラタケ、タモギタケ、ヤマブシタケ、クロアワビタケなど、様々なきのこがあった。どれも美味しかった。

パートナーと会社の人は、そんなに会話が盛り上がっていなかった。あきらかにパートナーが社交する気がなく、省エネしていた。特に会話にコミットせず、質問に対しても広がりのない細切れの応答に終始して、食べることに一番集中していた。僕はなんか、それがうれしかった。彼はほとんど他人に興味がないため、業務的な席では基本的にこうなるのだと思う。でも僕も一緒にいる席では(僕に気を遣って?)、明るめに場に貢献するような振る舞いをしてくれるときもあった。話そうと思えば話せる人だ。でも今日は、僕に対してすらほとんど遠慮せず、自分らしく省エネしているように見えた。誘われたからタダ飯食いにきたぜみたいな。僕は彼のこういう、己の境界を毅然として譲らない頑健さを尊敬している。し、好きだと思う。

僕は相変わらず、ペラペラとしゃべった。会社の人がお酒で顔を赤くしていたので「顔赤いですね」とか言った。僕はDeath the Guitarに一向に手をつけず、別のゲームを作り始めた挙句、それすら滞っている。会社の人に対しては頭が上がらないどころの話ではない、肩身が狭いどころの話ではない、情けない状態だ。僕はミーティングのたび、底抜けの恥知らずはいったいどんな顔で臨むべきなのかわからず、🫨みたいな感じで曖昧に振動しながらお会いしている。それでも彼は、あくまで僕の体調や生活に気を遣ってくれた。当たり障りのない雑談を交わし、心に一息つく間をくれた。火鍋は目の前にあるし、いつでもブチ切れて僕の胸ぐらをつかむ権利はあるのに、それをしないでいてくれた。仕事って大変だなと思う。

帰宅した。死にてーって思ったけど、ユメギドの内容以外のことに頭を悩ませるのは無駄なので、さっさと寝て次の日に行く。

所用で、子を産んでないほうの姉と通話した。雑談で姉は「私は思っていることを言えないタイプだから、トロヤと話したり日記を読んで『このくらい自分をさらけ出すこともできるんだ』って勇気をもらえるよ。トロヤの日記の話題で[産んだほうの姉]と話しあって、それをきっかけに深い話ができたこともあるし」と言ってくれてうれしかった。

パートナーの優しさ、二人の姉の優しさ、会社の人の優しさ。僕は恵まれている。一方俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、

今日は心の消耗が大きかった。順当にヘトヘトになっている。僕はゲームを作りたいと思う。僕のために。ボクノタメニ!!←肩の上の小さいトロヤ