今じゃないやろ
5時半くらいに起きた。シャワーを浴びて髭を剃った。
昨日検討した生成AI搭載エディタCursorの公式が「今日から学生は無料でーす」とツイートしてた。折よく。月額30ドルかかるはずだったProプランが使えるようになった。さっそくインストールした。
8時半。大学に行くため家を出た。体調はこれ以上ないくらいに万全。一昨日から意識して入眠時刻を調整した甲斐があった。ついに家を出られた。登校するぜ。授業のあとは新宿に行って、そこでパートナーと映画を見る約束をした。『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』というジャルジャル福徳原作のやつ。どうやらすごいらしい。
「ロックというサブカルチャーの究極はパンクによって極められた」と、IMONを創るに書いてあった。電車内で、頭痛に襲われた。最初歯痛かと思ったけれど、どうやら違うみたい。頭の中心が痛い。脳じゃない。副鼻腔炎的な痛みだと思う。鼻は一切詰まってないのだが、プールで鼻に水が入った時のようなツーンとした痛みが恒常化したような状況。内奥が痛いので、掻きむしるにも掻きむしるところがない。ただ祈ることしかできなかった。降りた駅のセブンで温かいほうじ茶を買って、その蒸気を鼻腔に送り込んだりしてみたが、変わらなかった。
キャンパスまで歩いたけれど、何も考えられないくらい頭が痛くて、どうしたものかなと困った。でも二週連続で休んでいるから、出席は諦めたくない。ロボットみたいに進んだ。授業のことは、始まってから考えよう。

なんとかラボの教室に着いた。誰もいないけど。もぬけの殻? どうした。

今日、休講、だった。Discordで連絡されていた。まったく見ていなかった。とりあえず机に突っ伏した。
なんなんなんなんなんなんなんだよ!

ちょっと気を失いそうなくらいに頭が痛いので、保健室に行く。教室を出ようとしたらちょうど扉が開いて、僕と同じく今日休講であることを知らなかったっぽいラボ生が入ってきた。僕は「今日休講みたいです」と言った。彼女は「さいあく。ありがと」と言ってUターンしていなくなった。
保健室に来た。「あの頭痛がして、体温を測りたいのと、可能であれば横にならせていただけると嬉しいんですけど」「風邪の症状がなかったら寝られるよ。(体温計を僕に渡しながら)学籍番号は?」「[学籍]、[番号]です」「何年生」「4年生です」「名前?」「トロヤマイ、バッテリーズ、フライドです」「はい。痛みはいつから?」「えっと行きの電車からなので、なので一時間くらい前からです」「どういう感じの痛みかわかる?」「あの眼球と眼球の間の内側が痛いというか、副鼻腔炎っぽい感じかなと自分では思うんですけれど、(体温計が鳴る、取り出す)あ、36.6℃でした、熱ではなかったです。その痛みがとても強くて何も考えられないくらいで」「心当たりとかある?」「あのー心当たりで言うと結構あって、まず最近僕髪を刈って、こう、坊主にしたんですけれど」「ほんとだ。すごおい」「それで髪のボリュームが減ったぶん、ここのあの帽子のベルトの締まりをきつくしたんですよね。風で飛ぶので。もしかしたらそれで、頭が締めつけられたかも、みたいな説がまずあります。あと昨日耳掻きをガチってしまって……内視鏡で見ながらやったんですけど結構鼓膜の手前の痛い部分も挑戦したのとかあって、すみません関係あるのかはわからないですけれどまあそういう心当たりと、あと歯をですね、矯正のマウスピースつけていて」「最近つけ始めたの?」「あのー……つけ始めたのは二年くらい前からなんですけど、最近段階的に付け替えていくフェイズが終わって、なんですか? 最近状況が変わったって感じです」「いつも飲んでる薬みたいなのはある? 痛み止めとか。イブならあるよ」「頭痛系はないです」「副鼻腔炎が自分的によくあるってことではないんだ?」「そうですね、今も鼻は通っていて。ただ知ってる痛みがずっとあって……」「そっか。いま辛いんだね。どうしたいとかある?」「可能であれば、寝させてもらえると助かります」「オッケー。硬めのマットレスと柔らかめのマットレスのやつがあるけど、好きなほうでいいよ」

柔らかめ。横になった。保健医の方があずきで目を温めるやつと経口補水液(「脱水で頭痛が起きることもあるから、飲めるなら飲んどきなさい」)をくれた。
とほほすぎる。せっかく計画的に起きて登校したのに、出席の丸印一つ得られず、病床送りになった。池に投げ落とされたかのようにスケジュールが無に帰した。次善の策を考えたいところだけど、まずは頭痛を治すことに集中しよう。寝る以外ない。治らなかったら新宿の映画にも行けない。チケット、もう取ってもらったのに。
目を瞑った。チャイムの音を幾つか聞いた。
起きた。頭痛はなくなった。寝たら治ったようだ。ならばよし。僕は保健医にお礼を言った。坊主頭に関する雑談を交わしながら、ベッドや毛布を原状復旧して保健室を出た。大学の保健室初めて利用したな。
映画は行けそうだ。待ち合わせの時間になるまで、キャンパスでゲーム開発をしていこうと思った。行動開始。
大学のキャンパスはどこにいてもそわそわする。トイレに行きたくて、お腹も空いていて、作業もしたかった。そこかしこに人がいて、焦って判断が鈍った。書いた順にやるべきだったのに、まず机を見つけてパソコンを起動してしまった。しばらく作業して、やっぱトイレ行きてーやと思いなおしてパソコンをしまい、トイレに向かおうとしたけれど、その途中で昼飯のことに思い当たって、パン屋の混む時間帯……移動時間……など冷静に考えられなくて、トイレに行く判断ができずにパン屋に行ってしまった。手にノートPCを抱えていたのも、トイレに行くのが憚られた理由の一つだと思う。PCが終了直後でまだ熱を持っていたので、鞄にしまうために縦にするのがなんか怖かったのだ。でも手がふさがったままパン屋の券売機を操作することもできなかったので、結局鞄にしまった。まだ熱かったけど。全然筋が通ってない。行動に筋が通ってない。学生が多くてそわそわするんだよ(尿意を我慢してたからそわそわしていたのでは?)。

パンを買ったら、そのまま食べるしかなくなった。パンはビニール袋越しでもぬるぬるしてくるから、これも鞄に入れたくないのだ。これを持ったまま用を足すのもなんか違う気がして、原っぱで心臓をばくばくさせながら食べた。そしてようやく図書館のトイレに駆け込んだ。
図書館といえば、寺山修司の演劇の映像資料が収蔵されていて館内視聴できるはずだから見たいと思った。Cursorの無料化で思い出したけれど、学生って社会的にめちゃくちゃ恵まれた立場なんだった。図書館には無数の貴重なアーカイブ。せっかく足を運んでキャンパスに来たことだし、あと一年でアクセス権を失う前に、見られるものは見ておかないと。『田園に死す』『書を捨てよ町へ出よう』などの代表作から見ていこうと思ったのだが、どれも上映時間が100分超えだった。今からこれを視聴して、それから新宿の映画館まで移動する時間を計算すると、100分も見ていられる時間はなかった。
DVDの棚をなぞりながら、あれも間に合わぬ、これも間に合わぬとウーンウーン考えていた。アニメーション映画なら尺が短いのがありそうだなと思ってそのゾーン漁ったら、北久保弘之監督のProduction I.G作品『BLOOD THE LAST VAMPIRE』のDVDを見つけた。気になってたやつだ。攻殻アニメも手がけた神山健治が脚本。よくわからないけど押井守発のインキュベーションプログラムみたいな企画で制作された、実験作らしい。上映時間が48分で、ちょうどいいじゃんと思ってこれに決めた。受付で手続きをして、試聴した。
面白かった……。保健室に忍び込んだところを見つかった主人公が「なんでもない。ちょっと頭痛がしただけ。少し休んだら治ったわ」と言い訳して出ていってて、今日の僕みたいだなと思った。
次は新宿の映画館だ。僕は急ぎながらキャンパスを出て、移動を始めた。バスに乗りながらナビタイムで到着時刻を確認したところ、どれだけうまくいっても新宿駅には15:36着が最速のようだった。映画の上映開始は15:20だった。つまり遅刻だった。アーもう、アー、アーアーアーアーアーアーアーと思ったり言ったり弱ったりしながらパートナーにLINEで謝って、間に合わないので先に入っててとお願いした。
電車で目を瞑って、確定した乗車時間と腰の軋みに耐えた。タイムマネジメントの瑕疵だからいくら述べても完全に僕が悪いことは覆らないけれど、わざわざ尺を確認して、移動時間も勘案しながら間に合うDVDを選んだつもりなのに、なんで遅刻してんだろう?
何も考えず動くと必ず遅刻するし、自分をせき立てながら念入りに準備しても50%くらいは遅刻してしまう。先方から怒られたり嫌われてしまうのは当然のことだから仕方がないけれど、謝るのが面倒くさい。申し訳ないと思わなきゃと自分に念じて、やらかしたときはどのように振る舞うのが誠実に見えるだろうと、過去のリファレンスを手繰りながら言葉を見つけていく。そんな作業が疲れる。人間のふりみたいな考えかたをしている自分が間抜けで滑稽で、そう、疲れる。「疲れる」に尽きる。
開き直りたくもない。僕は真似事でも、誠実の実践を続けていきたいと思っている。ただ僕は、実行機能の弱さゆえに数多の失敗を起こす。結果が目標の誠実ラインに辿り着かないことが多く、すみませんとか申し訳ありませんとか言う機会ばかり増える。そうしていくうちにやがて、すみませんとか申し訳ありませんという言葉が誠実さから剥離してきて、抜け殻のようになってしまう。僕はそれに気づき、まだ手垢のついていない新たな語彙を探さざるを得なくなる。そうやって僕は言葉を一つ一つ失効させ、潰していく。
健全な言葉は健全な身体に宿る。僕に扱える語彙はインフレと空洞化の繰り返しで、着実に減っていく。『ミッドナイト・ゴスペル』で「聖なる言葉が効果を持つのは、言葉自体に聖性があるからなのか? それともそれを発する者に聖性があるからなのか?」「両方だ」みたいなやりとりがあった。
言葉には、それが発されるのにふさわしい身体があるように思える。「神は死んだ」とニーチェが言うのと倫理の教師が言うのとでは違うように、僕のすみませんとあなたのすみませんは違う。僕のすみませんはほとんど「なきごえ」になっている。
ほらそして、映画館に着いてさ、受付の人にすみませんと「なきごえ」して暗い館内に入れてもらい、鑑賞中の他のお客さんの前を、すみませんと「なきごえ」しながら跨いで、座る。上映中に前通ってくる者って最悪だよね。結局、序盤の30分ほどは見逃した。
大九明子監督『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』見終わった。
めちゃくちゃ面白かった……すごすぎ。すご……。本当に? 食らった。これは、大名作じゃん。ウワー感っ動っし。

コメダでストロベリーシェイクを飲みながら映画のこと考えたりパートナーと感想を話した。
大九監督がものすごいのもそうだけれど、原作を書いたジャルジャル福徳さんもやばくないか。僕はそれなりにジャルジャルのコントは見てた(プレイリストもある)から、映画から滲み出る質感が本当にジャルジャルであることに初めはただ嬉しくなっていた。が、見進めていくうちに、それがこんな面白い映画として構成されるレベルの哲、ウーン、世界……ウーン、として練り上がっていた、福徳さんはここまでエッセンスを磨いていた、それはここまで運用可能な美しさを備えていたことに、気づかされて、僕はオイオイオイ、全然、自分なんて全然ほくそ笑んでる場合じゃないじゃん、取り残される、って圧倒されて、腰が抜けた。大九監督はエッセンスを最高な形で構築したから、そう映像もやばいからほほうとか思ってる場合じゃなくて、最高でした。
これの冒頭を、見逃したのか、僕。それは申し訳ないな。なんだか。何に対してかわからないけれど、申し訳ない。
もう一度見に行くか。