胎児の夢

2024 - 08 - 27

野生の小学生たちが、木に登っていた。この木は、たまたま良い位置に掴みやすい太い枝と、足をかけやすい窪みがあったせいで、子どもたちに登攀のアフォーダンスを喚起し、悲しい哉おもちゃにされてしまったのだ。ドンマイ……。登られるために生きてるわけじゃないのにね。

と思った。しかし、あれ? もしかして、登りやすい形をした木の方が、野生動物などが木の実を遠くまで運んでくれるので、繁殖の確率が高いのかな。するってえと、木の幹の凹凸や枝分かれって、動物が登攀しやすいように進化の過程で最適化された形質なのか。

まさか、「木って登るためにある」のか? 今この小学生たちが枝にぶらさがってワーキャー言っているのは、彼らのオープンワールド精神の賜物などではなく、自然陣営の遺伝子的策略の勝利なのか。おい、君たち。謀られたぞ。そいつは「デザイン」されている。公園の遊具と大差ない。君らは「登っている」んじゃない。「登らされている」んだ。

朝だか夕方だか。

今日は夢の話が多い。

インスクリプションの新作を遊んでいた。少女が新たなインスクリプションのルールをまとって、地下洞窟へと足を踏み入れる。少女には目的がある。少女は、ある二体の生き物の骨を持っていた。一体は図体の大きなトカゲのような形をしていて、もう一体は首の長い犬のような形だった。どちらも図鑑で見られるような、既存の生き物ではなかった。その二つの骨は、少女にとって大切なものだった。少女はかつてこの二体の生き物を愛していたのだ。しかし、彼らが生きていた頃の記憶は、なぜか失われていた。少女は今からこの地下洞窟に入り、その最奥で失われた二体の生き物を蘇らせようとしているのだ。雪の降る洞窟の入り口で、少女は老婆にカードゲームの手ほどきを受ける。それは洞窟内で遭遇する蛮人たちと渡り合うすべだった。カードゲームは卓上で行われる。カードゲームの場は食卓を模しており、ナイフとフォーク、そしてベルが用意されている。少女側には、二体の生き物の骨も置かれている。対戦相手も、各々の「大切なもの」を卓上の手元に置く。このゲームでは、手札のクリーチャーを召喚する際に、生き物の痕跡を捧げる必要がある。それはすでに場に出しているクリーチャーでもいいし、二体の生き物のからその骨の一部を支払ってもいいし、あるいは少女自身の肉体の一部でも良い。支払う際はナイフとフォークでその部位を切断し、相手に渡す。ベルを鳴らすと自らのターンが終了し、クリーチャーたちが相手フィールドへ攻撃をしかけ、相手のターンへ移行する。少女はルールを理解する。「お前が大切なものに再び出会いたいなら、対価を支払うことを恐れるな。骨を幾分か支払ってしまえば、生き物はかつてとは異なる歪んだ姿で蘇るかもしれん。また、お前がもし自らの眼球を支払うことになったならば、蘇った生き物の姿を拝むことはできないだろう。それでも、行くのだな」少女は頷き、洞窟へ足を踏み入れていく。老婆はそれを無言で見送る。しばらくすると、一人の男が老婆のもとに来る。老婆は待ちかねたような顔で、男にインスクリプションのルールの手解きを始める。そのルールは、原作と同じルールだった。このゲームの主人公は、その男だった。少女は嘘のルールを教え込まれていた。男はこれから洞窟に入り、少女を殺すのだった。

その新作インスクリプションはトレーディングカードゲームと連携していて、僕は自分なりのデッキ構築を考えようとしていた。深夜4時。ここはテレビ局の小さいコワーキングスペースのような空間だった。僕はカウンター席で、壁を前にしてああでもないこうでもないと、デッキの構築案を紙に書きつけていた。背後で、誰かが給水ポットから湯を出す音が聞こえた。二人のテレビマンらしき人たちが話していた。「この企画、今日の朝の会議までにまとめちゃってよ」「えー、もうこんな時間ですよ? 無理ですよ」「無理じゃねえんだよ。いやさ、うちも厳しいんだわ。新しい企画が必要なの。ほら、この前番組の企画でゲーム発売したじゃん? アレ、スタッフたちお通夜状態なんだわ」「あのゲーム、一本も売れなかったらしいっすね」「だからやばいんだよ。まあ企画なんて数こなして当てたらラッキーみたいなもんだからさ。今すぐほらその企画書まとめちまえよ」上司らしき男はカップラーメンをすすった。「そのゲーム、一本も売れなかったとか、相当つまらなかったんでしょうね」後輩らしき男が言った。早朝4時の空気がコワーキングスペースの静けさを作っていた。僕は壁を見つめていた。この人たちは、その一本も売れなかったゲームの開発者が背後にいることを知らずにしゃべっていた。その二人に、別の男が話しかけてきた。その声色で誰なのかを察した。なんと僕の父だった。父は唐突に言った。「遊んでないんだったら、つまらないかどうかわからないじゃないですか」二人は困惑した様子で、何も言わなかった。僕も困惑した。二人はどこかへ行った。照明が消され、コワーキングスペースは、わずかな朝日がカーテンから漏れるのだけを頼りに、ほとんど暗闇になった。寒かった。

僕は背もたれにかけていたジャケットを羽織った。立ち上がって、おそらく目の前にいる父親に向かって話しかけた。「ここで何してるの?」父は何かよくわからない返事をした。しばらく会話したが、さっきの出来事についてはお互い触れないようにしていた。でも僕はなんだか父にお礼を言いたい気持ちになって、言った。「でもまあ、さっきの人たちすごく嫌なことを言っていて、悔しかったから、言い返してくれて助かったよ」父はハン、と笑った。そして、こう言った。「7月20日と21日、あと9月の20日、空いてるか?」「何があんの?」「お前にはジャンボを買ってもらう」父は引換券のようなものを数枚、僕に突き出した。それぞれの日限定で、何か特別なジャンボとか言う宝くじが実施されるようで、父は人員を増やすために僕を利用しようとしているらしかった。「それって、もし僕が買ったのが当たったら全額パパに行くってこと?」父は何も言わなかった。僕は言った。「7割くらいは僕にちょうだいよ。そうじゃないと嫌だよ。僕だって忙しいんだよ。他人の宝くじのために自分の時間を使いたくないよ」父は困った顔をして、「お前忙しくないやろ……まあそうやな、3割はやるよ。俺が7割な」父はそう言った。

夕方。僕はチケットを持って、ショッピングモールに併設された、巨大な屋外イベント会場のようなところに来た。現代彫刻のような形で白い波打つ段差が無数にあって、人々はそこに座ってスクリーンの方向を見ていた。サッカーのグラウンドにでもなりそうなくらいの面積の、超巨大なスクリーンだった。映画の予告編のようなものが大音量で流れていた。僕は映画を観に、この会場に来ていた。何万人もの観客がひしめき合っていて、騒がしい。席の場所は決められていないようで、僕は観やすそうな位置を探した。白い段差はほぼ埋め尽くされていたので、別の場所を探すしかなかった。少し歩くとピロティのようなやけに奥まった空間があって、そこに使われていない椅子が一つだけ残っていたので、それに座ろうとした。しかしピロティは平面だから、ここに座るとたぶん後ろの人が観る邪魔になるだろうと思った。だから、椅子を少しずらして、ここなら大丈夫か、という位置でようやく腰を下ろし、スクリーンを眺めた。相変わらず予告編が流れていた。スクリーンの向こうで、日は沈みかけていた。風が吹いて、肌寒く感じた僕はジャケットのボタンを留めた。上映を待ちながら、僕はインスクリプションの新作のことを思い出していた。新作なんて出ていたっけ。ああ、あれは夢だったのかと気づいた。ということは、デッキ構築を考えにコワーキングスペースにいたのも夢? 今が現実なのだから。じゃあこのチケットは何だっけ。そんなふうに考えていると、いきなりスクリーン前のステージに、大量の人が列をなして出てきた。マーチングバンドのようだった。それぞれ楽器を持っていた。先頭にいたドラムメジャーらしき女性が、声を張り上げた。「よろしくお願いします!」そして演奏が始まった。僕は困惑した。僕はマーチングを聴きに来たのか? 演奏の始まりに伴って、ステージ後ろの水面から、高い水しぶきが上がった。水と音の交わる一夜限りのショー。らしい。なんだこれ。すでに日は沈んでいて、マーチングの様子も、水しぶきの織り成す美しい幾何学模様とかも全然見えなかった。僕は困惑した。

起きた。僕は、屋外ステージでのマーチング演奏も夢だったのだと気づいた。ずいぶん立て続けに夢を見ていたらしかった。夢の内容をかいつまんでスマホに記録しておいた。窓に雨粒がぶつかる音がした。またか。最近雨多すぎ。あと昨夜、地震も起きなかったか?

今は早朝の4時だった。歯医者に行ってから、睡眠サイクルがめちゃくちゃになって、おじいさんみたいな時間に起きてしまった。夢をたくさん見るときはたいてい質の悪い睡眠をしているので、寝起きも現実感が無い。意識が朦朧としているので、この朦朧の勢いのままに、夢の内容を思い出して書いた。ほとんど夢日記になっちゃった。でも今日は、現実のほうはなんかあったっけ。木のことしか覚えていない。

あ、今日はスーパーに向かって歩いているとき、ふいに異常な万能感に襲われた。僕が世界を歩いているのではなく、世界が僕のために回っているような感じだ。腕を伸ばせば何にでも届きそうな気がして、向かいの歩道の信号のボタンも押せそうな気がした。たぶん睡眠が多かったり少なかったりで、現実感が薄れているのだろう。僕は危険を感じ、一緒に歩いていた人に「今異常な万能感に包まれていて、ふわふわしているので、もし僕が道路に飛び出そうとしたりしたら止めて」と言った。スーパーでも、野菜たちが僕を迎えいれているように感じた。怖い。怖いと思う程度には正気があってよかった。

あとこれは目覚めてからなのでもはや明日の出来事だけど、NHKのドキュメント72時間で、千葉県の花見川のマンモス団地に住む人々の暮らしが撮影されていたようすを見た。ショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト』を思い出す内容で、良かった。『フロリダ・プロジェクト』と『タンジェリン』大好き●(万能感の、丸)