16時50分に起きた。今日はミーティングがあるけれど、何時からだったっけ? と調べたら、17時からだった。ギリギリだ。会社の人から「すみません、今日18時にずらせますか?」とDiscordの連絡が来ていた。「すみません、今日18時にずらせますか?」はむしろ僕が言うべき台詞みたいだった。
コーヒーごくごく、18時からミーティングした。

今日は紙にメモをしながら話した。そういえば、僕には書記癖があった。人と会話するとき、手元に紙とペンがあると、話に出てきたことをひたすらに書き起こしていくのだ。情報を精査したり整頓するような意図はなく、本当に話題に上がったことを、無差別に書きつける。会話のペースに追いつくために、なんか大慌てで書いてる。
昔は親友と頻繁に長時間通話をしていたけれど、そういうときもよく相手や自分の言うことを、机の上のA4コピー用紙にいちいちメモしていた。ただの雑談だから、べつに記録すべきことなど無いわけで、通話が終わったら紙は捨ててた。会話中、ちょっとした沈黙の時間が訪れたりすると、字の代わりに小さな立方体を無数に書いて余白を埋めたりしてた。
字がきれいなわけでも絵が上手いわけでもないけれど、書くことが単に楽しくて、趣味になってるんだと思う。ふとしたタイミングでペンとか持たせてもらうと「い、いいのか? 字や図を俺が、書いてもいいのか?」と胸がおどる。誰かに読まれるため、情報を伝えるためではなく、書くために書くことが許されることがうれしいのだ。
以前参加したインターンで、チームでアイデア出しをするためにホワイトボードを与えられたが、僕がみんなの言うことをすべて書記してしまうので、あっという間に余白がなくなった記憶がある。スタッフの方にお願いして、追加のホワイトボードを持ってきてもらった。

真ん中の「毒もみ」って書くの気持ちよかったと思う。

見返すと、会話当時のドライブ感が思い出されて面白いな。何かの話題で、会社の人が「大したもんじゃないです」と言ったのをそのまま「大したもんじゃないです」と書いて、そしたら彼が「いや大したもんじゃないっていうか、ちょっと自分で言ってて恥ずかしくなっただけです」と言ったので「恥のフォロー」と付記して矢印を伸ばした。

そうだ、線で何かと何かをつなげるのも好きだな。矢印の線がやけに何度も往復していたり、乱暴にぐるぐる囲んでいるところ等は、「もうほんと、これ(ザッ)!」「あーこれですね(ザッ)これが、(ザッ)こういうことでね!」と、会話の照準の行き来と熱量が刻まれている。見返しても具体的な流れは思い出せないけれど、なんかここ熱かったんだろうなと想像できる。

くくります。
帰宅して作業した。集中して作業した。でも4時間くらい。もうちょっと持続したかった。BitSummitに向けて結構加速しないとやばそうだった。あすは足場となるトラックと敵を作りたいな。
オア、書くことがない。今日特に、ない。ガスコンロの火をつけたら一瞬だけ緑色の火が出た。
いいことだ。
僕の自動書記みたいに出現する事柄をなんでも記入したくなる習性は多動性で説明がつくことだと思うけれど、紙にペンで書くことに、おそらくスマホやPCで文字を打つのとは一線を画す楽しさを自分が見出していることは、結構ステキな気づきだ。漢字は書いてて気持ちいいようにそのかたちがデザインされている。英語の筆記体などもそうだ。字には身体性が埋め込まれている。機械端末で文字を入力するとき、その身体性の体験がさっぱり取り払われていることを思うと、なんだかもったいない気持ちになるかもしれません。
書くために字を書くことって、いわゆる書道にあたるのかな。書道の授業は嫌いだった。

めっちゃ昔、元日にサークルのみんなで書初めをしたことがあった。僕は「電脳コイル」と書いた。