衆人環視のもと

2025 - 06 - 19

13時に起きた。

ルンバをかけたら、同じところをぐるぐる回って停止した。ホームに戻して再び掃除開始させてみたが、今度は躊躇いなく直進して壁に頭をぶつけ、その後うろちょろしたのちにまた同じところでぐるぐる回って停止した。不穏。いったん放置。故障してないといいけど。

また治療することになった前歯について、セカンドオピニオンではないけれど、歯科衛生士のお友達に相談してみた。

すると返信で「あくまで感想です」とのうえで所見をいただいた。

正直これ残すの厳しいなとCTみたら皆んな思う症例です。抜いたら楽にはなるけど、抜くのは簡単やから、先生は難しいけどのこそうとしてくれてはるんやと思います

歯科の専門家からすると僕の前歯はほとんど抜歯しかない状態らしい。かかりつけ医に言われた「他の医院に行ったら即抜歯と言われると思います」は、その通りみたいだ。

お友達は「いつか抜歯やとは思います。(トロヤさんのかかりつけ医は)それを引き伸ばそうとしてくれてはるんやと思います」と言った。ほとんど希望のないなか「やってみる価値はある」と再度根管治療を試そうとしてくれている彼に、感謝しつつ、胸を預けるしかないらしい。

次の治療は以前よりさらに成功率が下がる。それに、もし成功したとしても、歯根端がなく神経も死んでいる歯は予後の保証もないらしい等々……「いつか抜歯」の未来はほぼ免れないっぽい! 次の治療のあと症状が出たら、もう抜歯をお願いしよう。僕は腹を括った。胸を預けたり腹を括ったり。差し出すのは前歯。

今日は昨日と一昨日よりも、幾分か気分がましになっていた。昨日の激しい死にたさが一時的なものでよかった。今日目覚めてもあの状態が続いていたら嫌だった。

放置していた連絡を返した。

21時。気分は悪くないけれど、疲労。目しょぼしょぼ。今のところ今日やったことは、ルンバの起動と、前歯に別れを告げる心の準備。

横になってしまっている。横ばっかで頭が痛くなってきた。また鬱っぽくなってきた。横になっているからだ。でも縦になるのが怖い。そのあとどうするのか想像がつかなくて怖い。

やっていくか。

やれない。

Netflixで話題らしいドラマ『アドレセンス』一話見た。素晴らしかった……。毎話ワンカットなんだって。1時間くらいあるのに。すごくない?

ワンカットって強い。「はいはいワンカットね」では済ませられない強度がある。ワンカット作品で自分が思い当たるのは『バードマン』と『1917』だけれど、足りないな。あ『カメラを止めるな』も良かったな。足りぬ。もっといろんなテーマの話でワンカット映画見たい。バードマンのイニャリトゥ監督が携わってる『レヴェナント』が大好きなのだけれど、あれもちょくちょくワンカット的なシームレスの拍動が宿っていたような気がする。熊戦闘のシーンとか。そのように、部分的に長回しとかでもよい。『今日の空が一番好きとまだ言えない僕は』も、長回しのすごい良いシーンあったなあ。

『アドレセンス』は、少年と刑事介入の生々しい距離感をワンカットの力でよく出してて、ウワーこんな観点なかったなぁと感動した。まだ一話しか見てないからこの先どうなるのか知らないけれど、『落下の解剖学』みたいに真相不明なサスペンスの空気のなかで、真相よりもそれをめぐる過程の質感みたいなのが引き立っていくような構成なので、好きな作品になることは堅い。

『セッション』の車に追突されるシーンも長回し撮影だった? 覚えてないけど、追突のされかたが長回しのときのそれだった。謎の逆引き感覚。

リングフィット・アドベンチャーをやった。僕が死にたいと思うときって、どの姿勢を取っても苦しいときが多いなと気づいて、それは血流によるものなんじゃないかと思ったからだ。今日も結局途中から中火の鬱らしき精神状態になったのだけれど、それはたぶん、身体を動かせば和らぎそうだった。

和らいだ。

作業をしようと思った。ゲームエンジンを開くのではなく、一度現状を把握しようと思ってメモ書きをしていった。

なぜ僕は死にたくなるのか。仕事にとりかかることができないのか。書いて理解していった。対策も考えていった。

何かをするごとに、すぐに「今自分が何をしているのかわからなくなる」ことが僕の実行機能の弱さなの核なのだとわかった。現実の課題を把握し、それに必要な実践を設定する。これのループが作業というものなのだけれど、現実の課題というものは、頻繁に変わる。実践の先で障壁にぶつかったとき、先ほどまでの現実把握は、今や無理筋の空想に成り果てている。だから障壁で何が引っかかったかを踏まえて、その都度新しく実態を把握し直して、新しい課題と新しい実践を設定し、次の挑戦をする必要がある。

しかし、障壁にぶつかっても依然として古びた課題設定(もはや空想)に固執して、結果として何を目標に何をやってるのかわからないままもがくことが僕は多い。それで疲れたり、混乱したり、挫折感から鬱になったり、逃避したり、何かに依存したりする。ストレスに侵されると思考も鈍ってきて「今自分は何をやっているのか」がより不明瞭になっていく悪循環。

現実を知ることだ。把握すること。何か詰まったら、また把握し直すこと。現実と課題設定を一対一でおこなっていく。BitSummitまであと4週間という現実を知ること。

適切な目標設定さえできたら、作業には取り掛かれる。何のために何をやるのかが明確で、何を不安に思う必要もないから。課題解決の実践は、それ自体がアプリオリに楽しいはずだ。この楽しさが霞まないよう課題設定のループを持続していければ、他の娯楽に逃避したり依存せずに済むし、鬱の沼に足を取られずに済むはず。

そんなふうなメモ。まだ書き終わってない。BitSummitまでに具体的に何をする必要があって、それらをいつまでにやらないといけないか把握する必要がある。その途中でおそらく未定の部分が邪魔をしてくるだろうから、それらも現状把握のアップデートの一環として、見通しをつけていく。

今、僕は何を目指していて、そのためにどのような課題を解決する必要があって、それに向けて僕は何をする/しているのか。をつねに見る。

今は寝ることを目指しているから、目を瞑る必要がある。