マイ・プライベート・1秒
旅行で不在の人の家に一人でいる。不在の間自由に使っていいよと言ってくれたので、来た。その人はもしかしたらこの日記を読んでいるので、あらかじめお礼を書いておく。ありがとうございます^_^
家の持ち主は今、ローマにいる。そこで、僕が先日六本木で訪れたハードロックカフェのローマ店を見つけたらしい。写真を送ってくれた。イタリアと日本は経度的には8時間の時差があるが、LINEで訊いてみると向こうは7時間前だった。サマータイム期間のため、イタリアは今通常より1時間進められているのだ。サマータイムという制度は、日本に住んでいると馴染みがなくて面白いな。
時差は、サマータイムの開始時に付け加えられ、終了時に差し引かれる時間の長さを指す(単位は時間)。たとえば、アメリカ合衆国とカナダでは、サマータイムの開始時に現地時刻が2時から3時に切り替わり、終了時に2時から1時に切り替わる。
各国における夏時間 – Wikipedia
サマータイムの終わり際は、2時から1時に切り替わるらしい。1:00から2:00までの1時間が、二度行われるのだ。例えばこの日の1:24には、異なる二ヶ所でピンボールと殺人を”同時に”行うことができる。アリバイづくりに最適だ。ただし、警察も二回行動してくる。
時間は絶対的なものではなく、便宜的に定められているものなのだとわかる。1秒の長さも、2030年に別の定義に変更される見通しらしい。
崇拝などの「崇」と祟りなどの「祟」、ずっと同じ漢字だと思ってた。今日違うことを知った。
人の家で一人で何をしているかというと、冷凍庫に入っていたテキーラを飲んでいる。あと、昇降式テーブルの上に寝そべって、足でレバーを踏んで上昇したり下降したりしている。昨日は窮屈なネカフェで気分が落ち込んでいたけど、ここは広いので自由に身体をブルブルしたりクネクネできるためか、精神が安定している。
最近ようやく自覚した。自分には、手脚や腰をつねに曲げたり動かしたりしていたいという欲求があるらしい。欲求というか、そうしていないとむずむずしてストレスが溜まるというか。
友達と散歩していたとき、「さっきから、その手のやつ何? 気になるんだけど」と言われたことがあった。「手のやつ?」自分の手を見ると僕はそのとき、両腕の肘と手首を曲げてダチョウみたいに前後させていた。無自覚でやっていた。確かに側から見ると目障りだ……。僕が手をダチョウみたいに動かすとき、その手先は視界の先にある平面をなぞっている。

こんなふうに。箸置きと窓枠とメニュー表で区切られた壁面の「すきま」に、指を沿わしたい……という思いでやっている。物の境界線によって視界に浮いている平面を、身体で(遠近法にしたがって)なぞるのだ。改めて考えると、こんなこと他の人はあんまりやってない。気を許した人と歩いていると、無意識にこんなふうに手をクネクネさせてしまう傾向にあるかもしれない。言われてないだけで、他の人からもきもいと思われていたらどうしよう。

自分の変な動きを正当化したいわけではないけど、「すきまを埋めたい」というフェティシズムを持つ人は少なくないはずだ。このジョナサンの皿の模様だって、きっと似た性癖にもとづいて描かれている。

あと横断歩道の前の、このひし形の道路表示。この近くを歩くとき

ひし形とその延長線上を含めた領域を、踏まないように飛び越して歩く。しませんか? 高校のときの友達が全く同じことをやっていて、意気投合してすごい話が盛り上がったことがある。

こういうのも

この白い部分を踏まないようにする。
こういった無意識の癖は、人によって色々ありそうだ。意識して振り返ってみると、そこに法則のようなものが見つけられるかもしれない。僕の癖は、主に幾何学の魔力にとらわれているようだった。
以上。ジョナサンに行って、あとはクネクネしてただけ
助けてくださ〜い
ちょっと寝てた 起きた。
深夜0時を超えて2時になっていた。すごく今、満たされている。一人で制約のない空間にいることは、心に余裕ができてとても幸せなことだ。かわりに全身の筋肉が痛い。テキーラを飲んだからだ。酒に弱い者の症状として、筋繊維が破壊されて筋肉痛になるというものがある。今まじでそれ。僕は酒を飲むのに適した身体でない。でも一人でいると、痛みも悪くないと思える。時間が僕のためにあるからだ。
実家にいるとき、自分がいかに緊張状態で過ごしているかがわかった。早くまた一人暮らししたいな。