理解の及ばぬ断絶

2025 - 08 - 17

2時くらいに起きてSEKIRO買った。その後11時に起きなおして、SEKIROやってる。わかっていたけど難しい。忍び殺しの僧侶みたいなやつに何度も負けて、暴れた。このゲームもしかして隠密行動が大事だったりします。

戦闘中に変なニワトリが横槍を入れてきて、むかついたので追いかけていって敷地に入ったら同じニワトリがあと三羽いて、囲まれて袋叩きにされた。ニワトリが強いのかよ! 僕が弱いのか……。

エルデンリングでいう祝福にあたる回復ポイントが「鬼仏」という像で、新しいのを見つけるたびに「鬼仏見出(おにぼとけみいだし)」と出るのがおもしろい。やはりフロムの日本語は良い。物怖じしていない。

SEKIRO(隻狼)の正しい仮名は「セキロ」らしい。アクセントも「スシロー」ではなく「アムロ」。これもなんか、英語を一度経由しているふうのセンスな感じがする。英語圏の人が「SEKIRO」という語を見たら「セキロー↘︎」と言いそうだし。そのニュアンスを公式呼び名に輸入したことで、忠犬ハチ公が「HACHI」という呼び名で親しまれたみたいに、海外にも名を馳せる伝説の存在的な風格が出ていそう。「大谷」と平板に発音するよりも「オータ↑ニ↓」と呼ぶときのほうが「あの、世界の」感が出る。

僧侶倒せた。楽しいけど苦しい(フロムプレイヤーみんな言っている)。

顔が見たことのある誰かに似ている気がした。あれあの、あの。

ソナチネの

自宅で、テーブルの上に開いたパソコンを置いて、それを前にして座っている。しかし手が動かない。YoutubeでTRIGGERのパンスト2期制作現場の密着動画を見た。皆さんプロフェッショナルですごいなあと思った。いっぱい手を動かしてきたんだろうな。僕はその逆で、手を動かさず、プロフェッショナルじゃない。

これから動く予定。まだ16時半。

パートナーがキンプリの応援上映から帰ってきた。どうだったと訊いたら「意味がよくわからなかった」とのことだった。彼と一緒に見に行った人は、10回目の鑑賞だったらしい。このくらい、人と人のあいだには理解の及ばぬ断絶がある。

22時。動けない。長めに瞑想をした。

藤田一照・山下良道『アップデートする仏教』を半分くらい読んだ。曹洞宗の坐禅やテーラワーダ仏教の修行実践としての「慈悲」の扱いをめぐって議論していた部分が面白かった。僕は今まで仏教の「慈悲」というと、いかにもな大乗仏教の、いかにもな為政的な運用のための方便くらいにしか思っていなかった。「生きとし生けるものの幸せを願う」なんて、嘘っぽくない? みたいな。不条理な倫理や価値論から距離を置くために修行したいのに、そんなチャリティーじみたスローガンが役に立つとは思えなかった。

けれど、瞑想やマインドフルネスなど修行をメインに据えた仏教においても、慈悲は行として重要になってくると山下良道は言っていて、その説明内容がそれなりに説得力があり興味深かった。藤田一照は慈悲をあまり重視していなかったので、その議論における対比も面白かった。

この本は、序盤はあまり良い内容と思えなかった。というのも、瞑想の理屈って、ある程度自分でやって体感してないと、非科学的な宗教儀式が馬鹿真面目に語られているだけに見えてしまうきらいがある。『アップデートする仏教』はそこをなんか上手い具合に、非実践者からしても納得いくように導入してくれるのかなと思っていたのだけれど、そうでもなかった。割と最初から、釈迦の教えの絶対視や、西洋哲学の否定が前提としてあった。仕方ないかもだけれど、この序盤を読んで呑み込めるのは、すでにそれなりに仏教に前のめりになれている人だけじゃないのか。

理解の及ばぬ断絶がある。

動けないついでに、新作の『東方錦上京』をプレイした。今日の夏コミで頒布されて、さっきSteam版もリリースされた。今回カスタマイズが自由自在でいいな。まだEXTRAも(下手で)解放できていないけれど、せめてHARDまでは各機体ノーコンクリアしたいな。

東方原作の話をするとき、霊夢や魔理沙のような少女のことを「機体」と呼びまわせるの、なんだか治外法権的な快感がある。作品によっては「霊夢A」「霊夢単騎」とか言う。

東方新作の感想たくさん言いたいけど、ネタバレになるから言わない。お友達がトロヤさんのブログについて「映画の感想言ってるとことかはネタバレになるかもしれないので読み飛ばしてます」と言ったことを思い出した。そういえば僕は、あまり配慮できていない。ネタバレのこと、気にしたり気にしてなかったりする。ポリシーがあまりなくて。

ぽっくり。