抵抗

2024 - 09 - 04

昨日の日記、書いた記憶ない。

今日は早朝に一度目覚めたらしい。「ヴェネツィア来た!」と連絡が入っていた。「ヴェネツィクト・カンバーバッチ」とだけ返信した。これも記憶がない。すぐに寝た。

数時間後に起きて、テキーラを飲みながらリッツを食べた。これもあまり記憶がない。ヴェネツィクト・カンバーバッチは既読無視されていた。いつのまにか、また寝てた。

再び目覚めたのは、16時だった。現実感がない。喉から血の味がする。ぱさぱさのリッツをテキーラで無理やり流し込んだからだ。一昨日と昨日は、この家で一人で安静で幸せな時間を過ごせたと思っていた。でも本当は、抜け殻のような時間を送っていただけかもしれない。昨日のことはほとんど覚えていないのだ。ここ数日は朝に起きて夜に寝るというリズムで過ごしていて、健康的だなぁと思っていたけど、どうやらその分の負債は溜まっていたようだ。昨日はまともに自分の時間を過ごせたと思うのは勘違いで、たぶん最初からほぼ意識がなかったんだ。記憶にない一日は、幸せとして数えていいのか。今日はついに負債があふれ、16時間に及ぶはち切れんばかりのBIG睡眠をこいてしまった。ここどこ。だれかああああああ。泣きたいよオオオオオオ。ウオオオオオオ。え〜〜〜〜〜ン。叫んでも、良い方向に転んではくれない。この世はしたたかだ。ひとしきり泣いたら、「さてと」と前を向くしかないのだ。

どうしよう。明日はゲーム関係の仕事?があるので、準備のため今日中に自分の家に帰らなきゃいけない。今日も目一杯ゆっくり過ごそうと思っていたのに、起きたらもうそういう時間じゃなくなってた。仕方がない。3日間借りた家を現状復帰して、外に出た。18時だった。もう移動だけで一日が終わりそうだ。やだやだやだやだ。俺は抵抗を試みた。

映画館に行って『ルックバック』を観てきたのだ。これで、今日がゼロで終わることはなくなった。今日完了。ルックバックとても良かった。藤本タツキの描く虚無っぽい表情いいよな。この物語を創作論の一つとして見ると、僕は自分が藤野でも京本でもないことを思い知らされてつらい。俺は自分のことをあまり、「創作の人間」として見られなくなった。そういう自認ができるほど、パキッとした生き方ができなくなっている。最近なんか悶えてるだけだし。まあべつに、創作という営みは「創作の人間」にのみ許された専売特許ではない。ルックバックを観ても、食らわなくていい。

死のファミレス、デスジョナサンに来ている。一昨日もジョナサンに来た気がする。でもそれは別店舗だった。パンの味が違った。

「若鶏のグリル てりやきソース」を前に、両手で顔を覆っている。びくともしない人生に対する絶望と、キャリーオーバーしつづけ決して完済されることのない疲労と、ファミレスにいることで胸の底に湧き上がる温かな嬉しさで。顔を覆っている。若鶏のグリル てりやきソースと僕がいったいどういう関係にあるのか。箸を取ろうと蓋を開けたら、たった一膳だけ入っていた。僕のための箸だった。若鶏のグリル てりやきソースも僕に食べられるためにあった。でも僕が手を動かすまで、その関係性は果たされない。それが、顔を覆ってしまう理由だ。

食べた。

お済みのお皿をお下げしてもらった。僕はコーヒーを啜り、引き続き顔を覆った。吐く息が手のひらをすべって、まつ毛を揺らした。かろうじて耳だけ澄ます。隣の席の男女は、男が映画俳優で、女は配信者?ネットで活動している何者かだった。男は「こっちがどんだけ準備しても、事務所が仕事持ってきてくれなきゃ何も始まらないじゃん。事務所のランクが低いと、そもそも案件が来ないのよ。オーディションとか、事務所に所属すればいくらでも受けられると思ってたけど、そもそも一定のランク以上の事務所じゃないと、オーディションの権利すら貰えなかったのよ」と言っていた。よりランクの高い事務所への移籍を考えているらしかった。女の方は、相槌を打ちながらずっとノートパソコンを叩いていた。

僕はテーブルに突っ伏してしまった。俺はどうすればいいんだ。

早く帰って、寝た方が良さそうだ。

帰ったらシャワーを浴びて、提出予定のビジュアル素材だけ出して、明日着る服を準備して、明日起きる時間を決めて、寝る。

やれるか? やる。

こんなふうに操縦するのでやっとだ。

ジョナサンを出たら、スーツの中年男性がミルク色の棒アイスを食べながら歩いていた。決してHPが満タンになることのない日々のうちの今日を、アイスで凌いだのだろうか。