13時に起きた。1時間何もせずに過ごした。

そして精神科に出かけた。駅に着いたところで、今日医師に渡す予定だったウェクスラー検査の結果を持ってくるのを忘れたことに気づいた。忘れたというか、出かける前に鞄にファイルを入れたのは確認したんだけど、そのファイルがウェクスラー検査のやつじゃなくて奨学金のやつだった。別のファイル持ってきてしまいました。
本来ならそのままクリニック行って「忘れました」と言えばよかったんだけど、ここで僕のメンタルの雑魚な部分が出てきてしまい、どっと疲れが出て、行きたくなくなってしまった。反対のホームに移動して、電車に乗り直して、受付で運賃を払って改札を出た。クリニックに電話して、予約を後日に振り替えてもらった。
その後、荷物を取りに実家に行った。

コヒ出してくれた。最近コーヒーを飲むと体調が悪くなるようになったことを祖母に言うのが面倒くさかったので飲んだ。美味しい。

血圧は上がる。でも体感する不整脈や動悸の程度は、いつもより少なかった。
祖母は両眼とも白内障の手術を終えていた。「今まで視界が全体的に茶色ががっていたのが、(手術を終えて)もうそこらじゅう青白く輝いて見えるようになって、鬱陶しい」と文句を垂れていた。視界が変わるのってどんな感じか気になるなあ。
猫と仲良くした。
今日ずっとオイラーの公式の導出に必要な知識を順番に並べることで頭がいっぱいで、実家でも祖母の話を聞き流しながら(交差点の中心でウンコをしていた犬がバイクに撥ねられた話をしていた)、裏紙で\(e^x\)の微分が\(e^x\)になることの証明を思い出そうと頑張ってた。微分の定義から\(e^h\)を無理やり二項定理で分解したらなんかいい感じになるんじゃないかと思っていじってたんだけど、とくに上手くいかなかった。「高校数学の美しい物語」をカンニングしたら、\(\displaystyle\lim_{x \to 0}\dfrac{e^x-1}{x}=1\)という極限公式がもともとあるみたいで、それで一発だった。この極限公式は\(\displaystyle\lim_{x \to 0}\dfrac{\log (x+1)}{x}=1\)という極限公式の変形バージョンで、これ自体は\(e\)の定義の両辺に\(\log\)を取ることで得られた。ははあ。\(\lim\)と\(\log\)って勝手に入れ替えてもいいのかな。

帰宅してから↑のように、\(\LaTeX\)でグラフを書く練習とかしてた。オイラーの公式について考えてたのは、そもそもLaTeXが急に面白くなってきて、何か使う口実を探していたから。高校一年生が\(e^{i\pi}=-1\)の証明を理解するまでの順を追った解説記事を作ろうとしてみた。
でも中断しました……。

なぜならこのように、そこらじゅうで「これって自明なのか?」という疑問が湧いて、思考が躓いてばかりだったから。辿っていくと公理系とかの説明になりそうになりそうで、でもそこまでいくと僕自身が知識不足だった。それに、もう少し自分の中で\(e\)の複素数乗の意味性を理解してからやりたいなと思った。
なんかまるで僕のためのタイミングみたいに3blue1brownJapanがラプラス変換の導入動画を今日アップしてくれていた。微分方程式を勉強してほやほやでこれを見られるのすごい。
この動画で言われてた「複素数の指数関数は、かけ算の繰り返しとはあまり関係がなく、また\(e\)という数字にもあまり関係がありません」という解説が、まさに僕が気にしていたことだった。こういうことをさらっと言えるように僕もなりたい。『博士の愛した数式』とかそうだが、オイラーの等式\(e^{i\pi}=-1\)はなにかと「美しい……」と褒められて神格化されがちだ。でも物理数学を知ると、僕としてはなんだか、むしろ虚数単位\(i\)がそもそもこの取り回しの良さのために開発されただけなのではと思えてくる。面白いことは間違いないんだけど、それは神が与えた数学の神秘……的なbeautifulより、複素数の利便性がここでついに真価を発揮するんだ、というinterestingのほうが本質だと思う。
今日は寝るまでこんな感じだった。エルデンリングはやったよ。最近パートナーが指示厨になってきた。僕がプレイしてる横からコーチみたいにiPadで攻略見ながら「マップ開いて、拡大して、ここ、この辺に洞窟あるから探して」「次この丘を登って」などとオリエンテーションしてくる。彼はエルデンリングが大好きだから、自分がプレイした時に取り漏らしたイベントを僕に回収させて自分が見たがっているのだ。僕としてもまあ、遊ぶところ見てくれるの嬉しいし、さまざまな細かいクエストを拾えるのもゲームを堪能できて嬉しいからいい(エルデンリングって各地にいるNPCとの交流フラグがわりと連鎖しているわりには、みんな小さくて全然見落としてしまう)のだけど。彼のエルデンリングに対する熱量は素晴らしく、またあなたの幸せは僕の幸せなわけだし。
だが僕が同じ敵に何度もやられて再挑戦を繰り返してるときだけは、指示することないからかあからさまに画面見ずに別のことして時間を潰してるのは、それはちょっと、僕を惨めな気持ちにさせていると思いますね? 人のプレイをコントロールするなら、相応に払うべき対価ってものがある。僕が同じところで30回死ぬところを、30回とも見ろ。それが愛の定義。