コーンポタージュ覗いたら

2025 - 11 - 03

起きまくりの行きまくり!

芸祭最終日、遅刻せずに展示設営ができた。同じラボの人に(昨日体調が終わっていた文脈が伝わっていたのか)「(トロヤくんは)もっと覇気がないと思ってた」と言われた。今日は覇気、あるかも。自分の身体が昨晩期待した通りのパフォーマンスを見せてくれた。

今日は在廊者として座る時間を長く取っていた。父と祖母が遊びに来ていた。父がidoを遊んだ。祖母は僕のブースを見て「あんたのとこちょっと地味すぎて誰も気づかないわよ。もっと『いらっしゃい』って客引きしたらどうなの、大きくハキハキした声でよ。あと花瓶とか置いたらいいんじゃないかしら?」とアドバイスをしてきた。僕は祖母に「他の作品も見てきたら?」と言ったら「いやよ、私こういうの(メディアアートとか)大っ嫌いやから」と言われた。祖母には絵画棟を勧めて、別れた。

ido結構遊ばれててよかった。同じ子供が三回くらい来た。あまり仕様を理解していなくて進んでいなかった。それでも三回(走って)遊びに来てくれたのだ。でも三回ともすぐに両親が「早く行くよ」と言って、プレイ中の子供を引き剥がして去っていった。くそがと思った。

idoは上に登って行くゲームなのだけれど、テキストを無視して真右に動き続けるプレイヤーがちらほらいた。2D横スクロールの空間が与えられると、右に進むものだという(むしろ一定程度のゲームリテラシーがあることによる)固定観念に縛られるらしい。そういうプレイヤーは、降ってきた文に乗ることができるということにもしばらく気づかないことが多かった。

これは展示環境に訪れる客層を意識しきれなかったことによるものだ。Webのフリーゲームサイトで遊んでもらうことを前提とした設計のビルドをほぼそのまま出してしまったのは反省点かもしれない。ゲームを普段からやり慣れているリテラシーの高いプレイヤー層は、文字列が物理演算的に降ってきたらそれを足場にして上に登るという考えが自然に浮かび、意図通りに動いてくれるケースが多かった。それに対し、美術鑑賞目的で訪れたあまりゲーム慣れしていない人たちは、その意図が前提として伝わらず、初手で戸惑わせてしまうことが多かった。

在廊するのに疲れたので、昨年も行ったテクノ研究会のDJ/VJブースに行って休んだ。爆音のなか、ターンテーブルの周りで人々が体を揺らしていた。後ろ髪を結んでいた男性が、それをほどき、髪を左右に揺らしながらビートに乗った。まるで僕とは違う人種の集まりだな〜と思いつつ、音楽も映像も良いので端っこで40分くらい見ていた。踊るのは恥ずかしくてできなかった。ビートの低音でズボンの裾が毎回揺れた。

VJが、ドライブスルー洗車機にかけられるようすを車窓から撮った映像を流していて感動した。

ホールを出ると、耳が聞こえなくなっていた。

その後、また作品を鑑賞した。一昨日見きれなかった絵画の続き。

異様な雲。粘土質。

かっこいい。キャンバスの素材と対話。

みそ汁。

これすごい好きだった。「コーンポタージュを覗いたら」みたいなタイトルだった。歩きながらコンポタ缶を覗くとき、世界から質感しか残されないのだ。

なんか病気のピアノみたいだと思ってぎょっとした。

これなんかすごい。空手着みたいなのを穿いているのも、人形の脚から人の足のようなものが見えているのも、すべてがわからない。具体的だけど記号的に意味を取り出せない心象風景。

スカイダイビング? してる実業家?

気になる。

メジャーに文。生活空間の計測みたいなテーマだった。

ウヒョー好き。

絵を見るの本当に楽しかった。とても一日じゃ回りきれない分量があった。四年生にして初めて芸祭を満喫できた。

17時になった。撤収をして、本屋寄って解剖学の本を入手した。肋骨は12対ある。手の親指を立てた時にできる母指球裏の窪みは「解剖学的嗅ぎタバコ入れ」と言う。パン食べ放題屋でパン食べて、帰って、イタリアンブレインロットの動画をいくつか見て寝た。

『原因は自分にある。』という男性アイドルグループの存在を知った。この曲良。ボカロっぽいネット文脈の構築が続くのに、サビは一気に平成ジャニーズの郷愁を纏ってはじける。K-Popとは全然違う気がする。すごいなあ。

今日も疲れてしまった。寝る。楽しかったなぁ。