きのうまでのガラクタを処分処分

2025 - 11 - 06

昨夜は今年一番大きな満月が見られたらしい。十五夜。ということは今日は十六夜。十六夜咲夜。ナイト・オブ・ナイツ。ビートまりお。

今ミスドでタマゲタケのドーナツ食べられる。

15時に起きた。シャワーだけ浴びて、だらだらしている。

社会民主主義を掲げる民主党のマムダニ氏がニューヨーク次期市長に当選した。トランプ大統領は彼を共産主義者だと批判している。今のニューヨークのワンルームの家賃、中央値で50万円くらいらしい。すごいことだ。僕が京都にいたころに住んでいた下宿の家賃は2万3千円だった。ニューヨークの人なら22部屋住める。

最近日本もアメリカも政治の動きがワイルドで、テレビのニュースを見るのが面白い。流行語大賞の流れでオールドメディアと揶揄されているテレビ。テレビはニュースとアニメしか面白くない。あ、でもこの前見たスポーツの試合中継は何のスポーツか忘れたけど面白かった。手に汗握った。大谷翔平がいたから野球か。大谷って他のスポーツの試合には出ないよね? あとダーウィンが来たも面白い。タイの民家に出るトッケイヤモリの特集すごかった。体長30センチを超えていた。生き物って面白すぎ。

テレビといえば、デンパトウの資料収集していたときに、K.K.という作者の『ワラッテイイトモ、』という作品を見て、とても感動した。笑っていいとものサンプリング等をまじえた映像作品。YouTubeにアップされていて、part.5まである。今あらためて見たけれど、本当にすごい。

民放のバラエティについて考えたことあった。テレビタレントというのは我々の人生にほとんど無関係の存在だ。それなのに歌手Aは何が好きとか、俳優のBと仲が良いとか、彼らのパーソナリティや芸能界のネットワークに、一般人は興味を持っている。そのことが奇妙。

笑っていいともはテレフォンショッキングというコーナーで、毎日タレントを数珠繋ぎに呼び出すということをしていた。まさにだ。歓声を上げる一般観覧者の前で、タモリが本日のゲストに、普段どんなことをしてるのか尋ねる。そうして、一般人がしていたら聞き逃してもおかしくない当たり障りない雑談をしたりする。それがコンテンツになっていた。お昼の顔としてずっと続いた。同時多発テロ事件が起きた折も、タモリは「ご冥福をお祈りします」と言ったあとに「それでは」と言って番組を進めた。

テレビはそんなふうに、「こちら側」とは隔絶された「あちら側」の世界を演出し続けていた。しかし『ワラッテイイトモ、』の作者はその境界に挑戦していた。タレントたちの洗練された立ち居振る舞いをサンプリングで脅かしたり、ライブ観覧に足を運び、実際に自分がテレビに映ることでいいともが現実の延長線上にあることを証明したりした。観覧というシステムが明らかにしているように、テレビのバラエティは現実世界で収録されている。いいともも、誰もが足を運べるスタジオアルタで収録されていたのだ。

動画見てたら、パートナー帰ってきた。

パートナー鼻血出していた。昨日も出していた。空気が乾燥してきたかららしい。かわいそうだ。

色々あってパートナーが泣きだしてしまった。仕事と家事が重なって神経をすり減らしていたなか、僕が昨日と同じやり方で餃子の残り油をこぼしてしまったのがトリガーになった。パートナーは「いっぱいいっぱいになっちゃった」と言った。僕は自分が甘えすぎていたことを自覚した。謝って、皿洗いは僕がやるからお皿は置いておいてと言った。頭が熱くなって急激に眠くなったので、寝た。

2時間くらい寝て起きた。パートナーも寝ていた。僕は皿洗いをした。椅子に座ってPCを立ち上げた。

僕が謝ったとき、パートナーは「泣いてごめん」と言った。そんなことを言わせた僕が情けなかった。泣いてごめんなことなんかない。僕が彼を限界に追いやった。

ここでまた自分を責めるような思考回路を発動したら元の木阿弥だ。僕はもっと彼の負担にならない存在に、自律性を高めてサポートできるようになるべきだけれど、それは目の前のことを一つずつやっていくことでしか達成できない。即席の言葉や思考に甘えない。ゲーム開発。

とりあえず日にちを書いてみる。これいつもやってるな。手が止まる。

姉が東リベの九井一のことが頭から離れないらしい。僕もたまにフリーレンが頭から離れないことある。ないか。

この期間でやること書いた。書いたようで書けていない。具体的なタスクの順番を、具体的、具体、具体的ってなんだよ!

具体的には、ワールド1を10ステージほど作る。10ステージでいいのかとかは、10ステージ作ってから考える。もしワールドあたりのステージ数を減らすことになったら、同じメカニクスを他のワールドに流用すればいいし。イベント展示を意識して今まではステージ間の演出とかも入れてたけど、それらについて今ステージ作りと同時に考慮すると頭おかしくなるから、まずは陶器職人みたいに、一個一個ステージを作っていくことに注力する。ステージ間の遷移は仮設のステージ選択画面みたいなやつを作っておくことで対応する。

BGMについて、卒制審査会までに新しく一つ作る。ギター音源の入った曲のみたいな感じで、敵を倒すと縦に遷移してギタートラックが一時的に増えるみたいなIMにする。次の月曜日に会社の人とミーティングするからそこで楽曲制作のお願いをする。基本のトラックは僕が作って、ギター部分の演奏とミックスの作業をお願いできないか訊く。

あとは卒業制作の展示に必要な物理媒体の準備。今のところアンプとスツールとパイプ椅子をどうにかして入手する必要がある。アンプは買う。後者二つは貸してくれる人を探すとかだよな。パイプ椅なんてどこからでも手に入りそうなものだけれど、案外どうしたらいいのかわからない。大学のどっかでラフに貸してもらえないかな。まずは授業で、機材の入手方法やそもそもの展示計画のクオリティについて先生に意見を仰ぐところからだと思う。来週のラボ行く。先生に展示計画書を見せて、より良いアイデアがないかとか、尋ねる。

こんな感じで、卒業制作審査会に向けての開発の見通しを立てた。これらを具体的なタスクリストにして縦に並べて、一つずつやっていく。混乱しないように。

毎日作業をやる。起きて朝食を摂ってからの動きが鈍いから(今日もだらだらとしてしまった)、そこをどうにかできたらいいんだけど。すぐに解決策は思い浮かばない。数学の勉強とか、絵を描くとか、エルデンリングとか、関係ない趣味ばかり着々とやってしまっていた。ゲーム開発こそ着々とやらなければ。今の僕にはこれら趣味との上手な付き合い方みたいなのがわからない。誘惑でもあり、生きている実感を得られる精神安定剤でもある。そういえばスプラトゥーンやってないな。長らく。

いずれにせよ、時間の使いかたも精神の使いかたも、今までより的確に絞っていかなきゃならない。あくまで不自然でない範囲で。なるべくゲーム開発より短期的に快楽のある面白いことはしないほうがいい。つまり勉強も絵もゲームも、全部そうなのだが。理想としては作業を頑張った一日のご褒美みたいに寝る前にちょっと趣味のことやるみたいな付き合いかたがいいのだけれど、そんなよくできた時間の使いかたは今の僕にはできない。ひとまずは停止する。停止することを目指す。ゲーム開発という作業それ自体に喜びがあることは知っているから、それを見逃さず取り込んでいけるよう、焦点を絞って、生活をシンプルにしていく。

不自然でない範囲で、負荷を受け入れていく。耐えて鍛える。起きてる間は作業をする。疲れたら寝て休む。できる家事はやる。立って動く仕事は、一つずつやる。悩んだら椅子に座る。椅子に座って悩む。自己嫌悪や混乱、鬱の波が来たら、時間をとって凌ぐ。椅子の上で思考停止することもできる。

不自然でない範囲で。頑張ることをやめない。