4時くらいに起きた。起きるのが早い。
ランニングをした。昨日は道路表示まで走ったが、今日はそのさらに先の木のところまで走った。

新宿1丁目に向かった。今日はこのあとナイトクラブに行く。まだナイトじゃないので、ドトールで本を読む。

永井均の『独自性類的人間』をブックファーストで買ったので、読んだ。
「独自性類的」という語は〜(中略)、何かラテン語の表現の独自の訳であったと思うが、そのラテン語の方は忘れてしまった。要するに、一つの事例だけで「類」を形成しており、その同じ類に属する他の事例が実在しない事象、というような意味だと思う。
この部分を読んで、僕は永井均が忘れていたこのラテン語に心当たりがあった。〈sui generis〉じゃないかな? 昨年ラテン語の成句について色々調べたときに、いくつかピックアップしたやつの中にあった。「それ自体で一つのクラス/ジャンルとなる」まさに「独自性類的」だ。

表紙を見てみたら、たしかに「HOMOSVIGENERIS」と書いてあった! ホモ・スイ・ゲネリス。古典ラテン語のアルファベットにはUはなく、代わりにVを使うらしい。昔覚えた知識が活きるのうれし〜。

待ち合わせしてたタさんと合流する。クラブに行く前に二人で居酒屋に入って腹ごしらえをした。タさんは以前三人の会社を運営していたが、その時の社長が会社の金をめちゃめちゃキャバクラに私的利用していたことが発覚したらしい。その問題以降、タさんともう一人の従業員は元社長とは縁を切り、今はその二人でビジネスをやっているそう。すごい話だ。「もうそいつとは一切関わらない」「LINEもブロックしたんですか?」「LINEはブロックはしてないけど話しかけない」
タさんは仕事が大嫌い。労働は最悪だけど、でもお金が欲しいから仕方なくやっている。「僕も現時点で働きたくなくてたまらないんですけど、タさんくらいの年齢になっても今の僕のこの感情は続くということですか?」と訊いたら「続きます」と言われた。

タさんと一緒にクラブに来た。場所は1丁目だけどコミュニティとしては2丁目系のナイトクラブ。オタク系で、そんないかがわしくないやつ。僕としてはいかがわしいやつのほうが行ってみたい気もする。
音楽が流れていて、人がひしめき合っていた。クラブ自体は1ミリも面白くなかった。それはそのクラブイベントが悪かったという意味ではなく、僕がそもそもクラブという空間を楽しめるような人間ではないのに来てしまったというだけ。タさんが行くと言っていたから、ついていきたかった。飲み物を飲みながら、うろちょろする理由すら見つけられず、突っ立っていた。自らミスマッチな場に赴いて自爆した。昨年も似たようなことしたな。そういう傾向なのか、僕は負け戦に出て案の定後悔して帰るムーブをよくやる気がする。タさんに「出ていいですか?」と言って、割と早めにクラブを出た。
いかがわしいイベントのほうが行ってみたいと思ったのは、いかがわしいイベントは少なくとも突っ立ってないで僕でもやれることがあるんじゃないかなと思うからだ。タさんは以前、SM系のナイトイベントで、蝋燭を垂らしてもらうお試し体験を受けたことがあるらしい。「タさんそんなことしてたんですか? 悪い大人じゃないですか」「俺はもう、やばいよ」「蝋燭って、服脱いでですか?」「服脱いで。フィスト体験もあったよ」「え! 腕を?」「でも俺はびびってできなかった」「やらなかったんですか!?」「ね。今思えば絶対やっておくべきだったよね」

そのあと、またどこかで飲み直しませんかと誘って、二人で別の居酒屋に行った。「トロヤさんってたぶん人多いところ苦手だよね?」「ハイ苦手ですね。なのになんで来たんですかね。ハハハハハハ」
タさんとさまざまな話をした。タさんは僕が喋ったことに対して、それを自身の語彙に置き換えて復唱しつつ、彼なりに共感できることを返す、という話しかたをよくした。なんかホスピタリティに溢れるというか、奥ゆかしい人だ。
僕は彼のそういう部分にひじょうに甘えて、自分は普段人と話すよりも正確に話すということだけをしていた。さっき読んだ永井均にも「人に分かってもらえるように書くのは難しい。分かってもらえるように言おうとすれば、言語に誤魔化されるし、言語に誤魔化されないように言おうとすれば、人に分かってもらえない」と書いてあったけれど、タさんとの二次会では僕はひたすら後者をやっていたんじゃないかって気がする。相手に伝わるつもりのないことだけを言うみたいな。
タさんは、小学生の頃は一言も喋れない子供だったらしい。しかし誰とも喋らないのは寂しかったから、テレビで明石家さんまの喋ってるところとかを見て、会話の類型や反応の仕方など、一般人の身の振り方を学んで覚えて、自分なりに適応していったのだとか。それで今のようなコミュニケーションが取れるようになった。「それをしてよかったですか?」「よかったですね。人が言ってることがああこういう意味ねとか、こう言われたらこう返せばいいのねって」「わかるんですね」「営業先と話すときとかも、もう作業ですよ」「でもそんなふうに類型で捉えて理解して、打ち返していくのって疲れないですか? だって例えば僕の言うこととか、大半意味不明じゃないですか」と訊くと、タさんは「意味不明だけど意味不明で終わらせたくないっていうか……いや、ていうか、トロヤさんの言ってることは意味不明じゃないです」と言った。
タさんの対人恐怖は25〜26歳までは続いていたらしく、新卒のころはコミュニケーションが辛かったと言っていた。「大人が怖かったんすよね。大人怖い。怖くないですか?」「怖くないです」「だって急に怒ってくるじゃないですか?」「そのレベルは流石に怖いですけど」「俺、何を言っても、怒られるんじゃないかと言う気がしてて。でも何も言わなくてもそれはそれで怒られるし」「今は怖くないんですよね?」「今は怖くない」「勝てるから?」「勝てる。精神的にも肉体的にも」タさんは💪のモーションをした。かっこいい!!!!!!!!!!!
大人怖いの話からの続きだったか、順序をよく思い出せないけれど、タさんと「おっさん」についての話をした。ああ、僕が「こんなおっさんのどこがええねん」というフレーズを気に入っていて、タさんを含めた同人仲間とのチャットでやたらその「こんなおっさんのどこがええねん」という文を送信することに関して、「あれってどういうことなんすか?」とタさんに訊かれたんだ。
僕は大人が怖いどころか好きで、いわゆる「おっさん」と呼ばれる位置付けの属性や記号が好きなのだ。デンパトウにもテレビやトラックのおじさんが出てきたでしょ(彼らはこの文脈においてはおっさんと言って差し支えない)。僕は軽くタさんに、自分がおっさんというもののどこがええと感じているかを解説した。
タさんが「どういうおっさんがいいんですか? おっさんっていっても色々あるじゃないですか」と訊いてきたので、「色々ってなんですか? タさんみたいなおっさんです」と言ったら、「エ。俺っておっさんなんですか? 俺おっさんじゃないですよ。同年代の奴らとか見ても自分ってすごい精神年齢若いなーって思いますし」と言われた。「そのように主張するおっさんもいますね」と言ったら、タさんは特徴的なヴァハハハハという笑いかたをした。「いや、俺おっさんじゃないですよ」「その手の動かしかたもおっさんじゃないですか?」「これ? これは、まァーたしかに、おっさんの手の動きかも。いや歳取ると語彙が無くなってね、手でこう、カバーしたくなるんですよ」「その後付けの説明でフォローしてる感じも、おっさんっぽい」
ここで僕は急に不安になり「すみません。すみません。僕今なんでもおっさんに紐づける回路に支配されてますね。あと人に対してあなたはおっさんって言うのって失礼とされますよね」と言った。タさんは「いや別にいいすけど。じゃあおっさんぽいもの頼んでいいですか? お腹減ってるんで。ぼんじり? いやこの『ど根性串』にしようかな」「ど根性串! ハハハハハ!」サービス精神。
「ちなみにトロヤさんは全然若者っぽくないですよ」「何っぽいですか?」「何っぽい……何っぽいとかないかも。トロヤさんはトロヤさんですね」「sui generisってことですか?」僕はsui generisの解説をした。「全然知らないですけど、そういうことです」みたいなことを言われた。
精神科医じゃないのでわかった気になるのは烏滸がましいけれど、さっき伺った幼少期の対人恐怖のことや、テレビを見ながら会話の類型を座学的に身につけていったというタさんの発達過程を踏まえると、今のタさんの話しかたの独特の奥ゆかしさにも納得がいく気がした。精神科医じゃないついでに「ご両親とはどういう関係でしたか? 仲良いですか? ご兄弟とかいますか?」と訊いてみると、父はもともと居ないし、母と弟とはまったく仲良くないとのことだった。幼少期、絵を描いていたタさんに対して彼の母親が「上手くない」とか「やめろ」と否定の言葉をかけて、それでタさんは描くのをやめてしまった過去があるのだとか。「母とはもう、あと一回しか会うつもりないです」「葬式ですか?」「葬式す」そのあと僕もタさんに自分の家族の話をした。
長く話した。創作活動におけるタさんの野望? やりたいこと? みたいなところも聞いた。僕はこの日の会話がめっちゃ楽しかった。なんだか人生が一変したような感動を覚えていた。僕はタさんのことがすごい好きだった。タさん含め同人仲間の人たちと関わるようになったのはつい最近のことなのだが、みんな(僕の性質とマッチしているという意味で)良い人ばかりなのだ。ここまで息のしやすいコミュニティに入ったのは初めてだった。コミュニティなんて、一生無縁だと思っていた。
タさんがこのとき「お金貯めたら俺[こういうことやりたい]をやりたいと思ってるんすよ」と語った創作活動の野望について、僕はめちゃくちゃ気が早いが、もう全面的に協力したくなってしまった。僕の残りの人生は、もうこの人たちに捧げればいいや〜と思った。
今まで「僕たちで、こういうクリエイティブなことやりましょうよ。絶対面白いことになりますよ」みたいに野望を語る大人には何人も会ってきたけれど、そういった人たちのほとんどはくだんね〜奴らだった。そのくだんなさは、まあ彼ら自体がしょうもないのもありつつ、僕が彼らに全然心を開けず友達になれていなかった部分もあった。でもタさんは夢を語る者のなかでもそういう人らとは違い、僕にとってくだんなくなかった。それはタさんやその周りの人たちがセンスがあったり尊敬できる人なのをすでに知っていることと、彼らが僕がかつてなく心を許せそうな雰囲気の人たちであることがでかかった。
帰りの丸ノ内線の内部でそんな感じのことを思った。クラブは楽しめなかったけれど、今日は楽しかった。↑のくそでか感情はなんか僕だけ先走って一人浮かれているみたいで書くの恥ずかしいけれど、まあ事実としてそういうことを思ったのだった。
帰って寝た。
急に僕の今後の人生についてありうる見通しの一つを得たけれど、当面のところはやることは変わらない。Death the Guitarを作るだけだ。やるぞー。