生きとし生けるオブジェクト

2024 - 09 - 15

8時に起きた。今日は帰国の日だ。

フライトまで時間の余裕があったので、宿から近いショッピングモールに、物を見にいった。

朝ごはんはこれを食べた。注文の品を言うたびに、口髭のウェイターが指を立てて「Delicious.」とか「Beautiful.」などと言ってきた。実際に、これはとてもうまかった。脳みそに直接ホイップを注入されるような味がした。

スーパーでは、やはりかぼちゃが売られていた。ハロウィンを楽しむ気まんまんだ。

かぼちゃってあまりにも表皮が硬質で密度があるので、初見だと食べるという発想が湧かなそう。食べ物というより岩石みたいで、基本的にとりつく島もない感じのインターフェースをしてるのに、人間はよく食べたなと思う。丸っこい物体にヘタがついてると、やっぱり食欲をそそるのだろうか。

バグったかぼちゃみたいなのも売られていた。異国の食材にはぎょっとする。食べ物というより、生体兵器に見えた。自分には知らない味が、まだたくさんあるんだろうな。

日本でつくられたウイスキー「明確な」も売られていた。MEIKAKUNA、て。めちゃくちゃいいな。母語話者ではない者によってしか開拓されない言葉のきらめきを感じる。「明確な」という名前の液体は、生半可な日本語話者には発想できないだろう。飲みたかったけど、税関とかめんどくさそうだったので買わなかった。

書店にも行った。こちらもハロウィン仕様ゆえか、入り口付近には「死」や「血」「怨嗟」「抜歯」などに関するヤングアダルト本がディスプレイされていた。怖い。

特集の棚から奥は、日本の書店と同じような配置で本が置かれていた。雑誌、ビジネス書、啓発本、写真集ときて、理系と文系それぞれの専門書、小説、漫画や幼児向け絵本が並んでいた。

あ!

ダグラス・ホフスタッター著『ゲーデル、エッシャー、バッハ』が目立つ棚に置かれている! しかもセールで安くなってる! これは……。

GEB(ゲーデル、エッシャー、バッハ)は僕がもっとも好きな本の一つだった。この本は性質上、翻訳作業が激ムズだったはずなので、原典を読めば著者の意図をよりダイレクトに理解できるかもしれない。セールとはいえ、13ドルは安い。原典は翻訳費が介在しないから安いみたいなのあるのかな? 僕はこれを購入した。表紙絵も日本語版よりおしゃれだ。胸が躍るなあ。

近所の高校でフリーマーケットが行われていたので、見た。フリーマーケットはフリーマーケットだった。

空港へ移動した。今回の旅では、アルカトラズのキャップやGEBの原典など、いい買い物ができたなぁ。でも一番心に残るお土産は、大量に余らせた25セントコインだった。

どうすれば。

サンフランシスコ空港では、少年が空間の隙間でゲームをしていた。

あまりにも、はまっていた。上半身と下半身の長さが、この隙間の短辺と長辺を完璧に充填していた。空港の電源を盗んでゲーム機につないでいるわけだが、そのコンセントは少年のために設置されたようにすら思えた。というか、彼が、今日のために生まれ、この空港も、今日のために建設されたのだと思った。彼はすぐに背が伸びて、このような美しい姿勢ではゲームを遊べなくなる。今日だけが本当だと思った。

疲れと眠気で意識が飛びそうななか、サンフランシスコに別れを告げた。

出国検査をして免税エリアに入るときは、万国共通で液体の持ち込みは禁止だ。余った水はあらかじめ捨て、順番待ちの列に並んだ。列では、ベビーカーの乳児が、検査の順番が迫るなか大急ぎで哺乳瓶を吸っていた。もうそれは乳の場所を僅かにずらしてるだけで、実質持ち込んでるようなものじゃないのか。

飛行機に乗った。乗った瞬間、気絶したように眠った。気がついたら離陸が完了していたし、目の前には機内食が置かれていた。疲れたんだな。機内食を食べ、残りのフライト時間はSlay the Spireで埋めた。

着陸してマック食べて電車乗って帰った。

東京は暑くて、雨が土砂降りだった。サンフランシスコは涼しくて、雲ひとつなかったのに。日本に戻った途端、いろいろな現実を思い出して憂鬱になった。電車で隣の席の人たちがゆっくり霊夢の話をしていて、日本すぎるだろと思った。

でも、これがリアルだ。この国が今の僕の主戦場だ。僕はこの国の学校に通っていて、この国の会社と契約してゲームを作っている。

旅のあとの寂しさ。