マイ・ユニーク・フレンズ

2025 - 12 - 20

昨日か一昨日に聴いた睡眠導入音声が「夢の世界の冒険」みたいな話で、そこで語られた夢の内容が良かった。

広大な草原に無数の恐竜(ブロントサウルス🦕)がおり、彼らはペアになって、バスケットコート大のチェス板の上でチェスを指していた。駒は石製で、モミやトウヒ、マツなどそれぞれ木の姿を模して造られていた。数百組の恐竜たちが対局している場を一頭の恐竜が巡回していて、その恐竜は試合の記録をつけていた。しばらくすると笛の音が鳴り、シャッフルが行われた。駒はすべて初期位置に戻り、恐竜たちはのそのそと動いてペアを変える。再び笛の音が鳴ると、彼らは次の対局を始めた。

こんな夢見たいよ。

徹夜して大学に行った。

卒制を映像作品で提出した学生たちの講評だった。上映される映像を見ていった。恐ろしいほどクオリティの高い映像ばかり。普段意識していなかったけれど、僕は4年間、結構な天才集団とともに大学に通っていたのだなと思った。みんな映像作家として巣立っていくのかな。

自分の講評はまた後日。自分のブースを設営していたら、通りがかった講師の方が「僕マーシャルアンプ持ってるけど使う?」とさらりと言い、返事する間もなくドコドコとアンプを運んで持ってきて、貸してくれた! 僕はもともと展示の音響装置にアンプを置きたいと思っていたのだけれど、金がなかったので諦めてスピーカーにしていた。それが講評の直前になって、急に先生に助けてもらえるとは。展示のクオリティがアップしてうれしい。

帰り際に仲の良いhさんの作品を見に行った。hさんは喋りながら僕の手やリュックに養生テープをぺたぺたと貼りつけてきた。

hさんの作品は部屋を大きく使って飾りつけをしていて、その作業量と彼女のエネルギッシュさに感心した。他の学生の展示作品を見ても思うけれど、僕は物理空間をインストールすることに関して、下手というか、控えめというか、根のやる気がないというか。自分なりに豪勢に作ったつもりでも、周囲と比べるとずいぶんこぢんまりした空間になってしまうことが多い。美大で言われがちな言葉に「でかさは正義」というのがあるが、あるレベルでは的を射た原則だと思う。

hさんに「トロヤくん友達いる?」と訊かれた。「いるよ。今そこ通ったjとか」「t君は?」「tはなんか、色々あって絶縁状態」「絶縁状態」「あ、あと最近t2君とよく喋るな」「へーt2君。波長合うの?」「波長合うかは、どうなんだろ、そんなたくさん喋るわけでもない。別に深い話とかはしない。うーんでもゲームの話題で結構、通じる? なんか面白い話してくれるんだよね。批評的な内容の」「話合うんだ。良かったね」「良かっ……?」「え、なんか含みあり?」「いや別に含んでないよ。良かったのかはでも」「良くなかった?」「いや。ただ、卒業したら普通に会わなくはなりそうだなーと思って。友達? なのか?」

「良かったね」と言われて答えに困ったのは、別に良かったとは思ってなかったからだな。入学時から僕はずっと、別に大学に友達などいなくていいと思っていたし、今もそう思っているから。一緒に帰るのとか面倒くさいし。でもそれはそれとして、今の大学で出会えた友達(hさん、j、t、t2君など)には、作品制作でずいぶん助けてもらった。お世話になった。それに、授業中たくさん楽しく喋れた。一度旅行にも行って、思い出になったし。友達ができること一般については良いとも悪いとも思わないけれど、彼らそれぞれ固有の人々と出会えたことについては「良かったね」だな。jは以前「俺は彼女が第一優先だから。友達は授業中の喋り相手になるよっ友くらいしか要らない」と言っていて、僕も似たような考えだったので、良いやつだなと思った。

大学を出ようとしたら、両手にインパクトドライバーを持った人とすれ違った。

歩きながら、愉快犯的に左右交互に「ウィンウィン」と回したりなどしていた。その人の姿を見てなんか様になるな〜と感じたんだけど、これってスプラトゥーンのマニューバー種の美意識かもしれない。デュアルスイーパーとか、モチーフ的にまさにだよな。

姉から、一歳の甥(姉の息子)が保育園で(何かの)発表会に出ている映像が送られてきた。甥は保育士の人に抱かれながら、曖昧に歌を歌い、太鼓を叩き、ダンスを踊っていた。太鼓を裏拍で叩いていて面白かった。一歳にしてすでに裏拍の意識が身についているなんて、レゲエの血が流れているのかもしれない。歌のときに、一人の園児がゲホッゲホッと咳き込んでいた。それが一番記憶に残った。

帰り道はへとへとで、後半意識がなかった。ずっとくだらない言葉を考えていた。もう徹夜に堪えられる身体じゃなくなってしまったかもしれない。

明日の準備をして寝た。