17時に起きた。

テレビでやってたアザラシの群れ。空撮で見るとイワシみたい。
ずっと漫画描いてた。下書きを4ページ。
ランニングもした。
そんなところ。
オンラインカジノ特集の番組を見た。オンラインカジノに嵌ってギャンブル依存症になり、多額の借金を抱えて音信不通となった息子のもとを、母親が訪ねていた。母は息子に「毎日闇金から電話がかかってくる。私も限界。話をさせて。お願いだから」と言っていた。「こんなことになって……あんたはどう思ってるの?」と訊いた母に対して、息子は「何も思ってない」と答えていた。
僕はその「何も思ってない」がとても理解できるような気がした。前の大学で、まったく講義に出ずに単位をすべて落として、休学したりもしていた頃、父や母からよく連絡が来た。父から「大学行かんで、これからどうするつもりなん」と訊かれて、その都度僕は曖昧な返答をしていた。本当は何も考えていなかった。母から「何を考えてるのか言えよ」と詰められたときも、僕はただ黙っていた。僕の人生をどうにかこうにか直そうとしてくる親からの働きかけに、萎縮して何も考えられなくなっていた。
あの時期は何も思っていなかった。何をするにもことごとく挫折していたから、人生が手に負えるものという意識がなくなっていた。手応えがなかった。親とのコミュニケーションもすべて失敗体験として刻まれた。親だけでなくバイト先の友人や従業員からも「どうするん」などと訊かれたけど、何も思っていなかったから、その場を乗り切るための口実ばかり探して取り繕ったようなことを答えていた。
周りには色々迷惑や心配をかけたかもしれないけれど、当時の自分が悪いとは1ミリも思っていない。僕がそういう性質として生まれて育ったというだけだ。いつかどこかで必ず、社会の真っ当なペースにキャッチアップできなくなって、路頭に迷う運命だった。僕は順当にこうなった。それからは、ゆっくり時間をかけながら、自分が呼吸できる環境を探していく作業だった。
社会の真っ当な人間に何か口出しをされても答えられないのは、今も同じだ。自由意志とか、努力とか、責任というものの存在を、さも当然かのように信じて疑わない人たちとは、一生話が通じないだろう。僕は「わからない」とだけ言って、あとは耳を塞いで押し黙るだけだ。
ギャンブル依存症は病気だし、同じようにすべての社会不適合者はそれぞれの病気によって社会不適合になっている。それだけ。