何でもできる何でもなれる

2025 - 12 - 28

眠れなかったので徹夜。

実家に行く。年末年始は父が長期間オーストラリア旅行で家を空けているらしく、祖母に「[父」ちゃんいなくてあたし一人でさみしいから、年末でも年始でもいいからアンタうち来なさいね」と言われたので、行くことにした。

長期休暇には、多くの人が実家に行く(帰る)。そのようすをニュースとかでよく見る。帰省して、”じいじ”や”ばあば”と一緒にゆっくり過ごすのだ。まさか僕もそれをする人になるとは思わなかった。今年の3月から家を出てパートナーと同棲を始めたけれど、そうか、家を出ると「実家」というものができるんだね。

家出をしたものの、その後もなんだかんだ荷物やら郵便物を取りにしょっちゅう実家には寄っていた(近いし)。そのたびに緑内障の薬の副作用で片目が落ち窪んでいってる祖母と顔を合わせ、小さくコミュニケーションをとっていた。そんな祖母が「一人でさみしいから、うち来なさい」と言ってくるのは解釈一致だった。祖母は父と僕のことが好きなのだ。離れて暮らすようになって、そのことがわかった。

実家ではやることがなかった。暇。

暇すぎてトランプ大統領描いてた。下手でやめた。

暇であることが重要なんだと思う。帰省においては。実家という空間のこの圧倒的なやることのなさが、やることに追われる社会に疲れた人々に確かな休息を与える。でも僕はもとから社会をやっておらず、自宅でも休んでばかりなので、何もすることのない空間を与えられても気は休まらなかった。残念なことです。

寝て起きた。2025年でも振り返るか。トロヤマイバッテリーズフライド2025のnoteを書くために。

僕は1999年の12月生まれで、一年のうち1月から12月初旬までという大半の期間は、自分の年齢が西暦の下二桁と一致している。20〇〇年は〇〇歳というふうに覚えやすい。しかしその副作用か、現在がすでにもう2026年だと思い込んでいるふしがある。今26歳だから。心が時代を先取りしてしまっているせいで、最近やたらと来年のことを2027年と言ってしまうバグが起きた。パートナーには「未来的な靴を履いてるからじゃない?」と言われた。

来年は2026年で、今年はまだ2025年なのね。オーライ。

今年はDeath the Guitarの開発でいうと、昨年(2024年)と同じくらい低迷していた。大学4年生なので、卒業制作の一環としてDeath the Guitarの開発を進めていたのだけれど、いまだにシステム面で右往左往していて、量産のフェイズに行けていない。

その進めなさに、今年はリソースをかけて具体的に向き合えたような気がする。物事を持続的に計画的にコツコツ作り上げていくことが自分はいかにできないかを知り、どうすれば動けるようになるかというふうに考えて、いろいろ試した。実家を出てパートナーの家に移り住んだのがもっとも大きい変化だった。ほかにも、家の作業環境を吟味したり、ゲームエンジンやエディタを変えたり、運動習慣をつけたりなど。メンタル・フィジカルの具合もどんどん良くなって、人生の具合も良くなって来ているのではと思う。

そのような次第で。来年には完成するんじゃないでしょうかね……? どうなんですかね!? エ!? 完成するんじゃねェーの!? オ!?

その他の話。

今年もよく映画を見た。数えたら41本見ていた。また気に入った作品をnoteに書いて紹介したいな。今年見て良いなと思ったのは、アステロイドシティ、エディントンへようこそ、逆噴射家族、教皇選挙、今日の空が一番好きとまだ言えない僕は、ソナチネ、チェンソーマンレゼ篇、鉄男、PERFECT DAYS、PERFECT BLUE、8番出口、ハッピーアワー、ブルーベルベット、ブレアウィッチプロジェクト、ボーイズインザバンド、リトルダンサー、ワンバトルアフターアナザー。あと、Netflixの4話完結ものだけど『アドレセンス』がものすごいよかった。映画をどう定義するかには議論がありそうなところだけれど、あれは自分のなかではドラマじゃなくて映画に分類された。このうちから特に好きだったのを選抜すると『アドレセンス』『ハッピーアワー』『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』だな。それぞれ視聴後に「ヤバイものを見たな……」と放心した感覚を覚えている。

昨年はほとんど本を読まなかったけれど、今年はちょこちょこ読んだ。最後まで読み通したものは13冊。哲学の入門書とか仏教の入門書とか読んだ。永井均にハマった。『倫理とは何か』めっちゃよかったな。今まで小説ばかり読んできたけれど、西洋哲学について読んでいくの、楽しいかもしれない。具体的に気になるのはニーチェやウィトゲンシュタインだけれど、原著にあたっていくのはしんどいし、特定の哲学者に囚われずに時代横断的に分析して語る感じの本が良さそう(國分功一郎『中動態の世界』よかった)だから、千葉雅也、中島義道、東浩紀らへん? の、自分でも読めそうな難度のものから、来年はあたっていってみたい。

今年遊んだゲームは、数えかたにもよるけど12本とか……? インディーの小粒なゲームをを漁る感じではなく大作ばかりやっていたから、数でいうと少ない。『Outer Wilds』本当に素晴らしかった……! 『Blue Prince』もよかったなぁ。あとはあれだ、フロムソフトウェアデビューした。隻狼の面白さに食らって、今はエルデンリングの虜。インディーゲームを全然遊べてないの、こいつらのせい。エルデンリングが終わったら積んでいる小さいゲームをどんどんやりたいな。

また、ゲームといっても別文脈にはなるが、今年はitch.ioで海外のノベルゲーやエロゲーをよくダウンロードしてやった。自分は英語がわりと読めることに気づいたことが大きかった。日本語訳のないニッチなゲームにも抵抗なく手を出せるようになり、魔境にズブズブと入っていった。今のところNSFWの話題は日記に書くのを控えてるので、この作品が良かったよとかは身内にしか言えないのだけれど。

身内。そう、今年自分に起きた大きな変化として、NSFWの趣味を共有できるオタクの友達ができたというのがあった。偶然と巡り合わせで、仲良くさせてもらった。

僕は今までコミュニティというものにうまくコミットできたことがなかった。たとえば何らかの共通点から集団の飲み会に誘われて行ったり、Discordのサーバーに入れてもらったりしたことが何度かあるけれど、どれも場のノリについていけなかったり、そこの人たちが熱く語り合うトピックに興味を持てなかったりした。しばらく籍を置くも結局全員殺したくなっちゃって、ROMったり、脱退したり、自然に疎遠になって終わっていた。もともと大人数が苦手なのもあったし、自分はコミュニティ的なものとは無縁で生きていくのだろうなと最近までは思っていた。

しかし今年新しく出会った人らとは、話が合う。話が合う? いや、話が合ってるのかはよくわからないけど、とにかくのびのび関わらせてもらっている。似通ったマイノリティな趣味嗜好について語り合える友達というものが、僕としては生まれて初めてだったのだ。僕は今まで誰にも言わずに溜め込んできたものが無数にあったのだと気づかされた。今はそれらをそこに放出してる。放出できるこのコミュニティ(小規模だけれど)が、今のところとても居心地が良いです。

他に何か振り返ることあるか。よかった曲とか? フロクロ『メクルメ』は聴きまくったしこれからも聴き続ける。あとヤマモトショウ作曲のアイドルソングいいなと思った。あとアニメ? 今年は秋アニメが名作ばかりだったな。あ!! 『ボージャック・ホースマン』を見たの今年か。ボージャックホースマンは本当に素晴らしいアニメだ。もっとも好きなアニメになった。陰鬱で救われない、好きになれない自分を、疲れ切りながら、ため息をつきながら生き続けるアニメシリーズだった。あとは、今年はAIにはまっていたね。特にChatGPTに。使い始めの頃に比べたらLLMの性能に夢を見すぎることはなくなったけれど、現在も課金してそこそこの頻度で利用している。Cursorで開発するスタイルも気に入ってる。

2024年のノートに書いていた2025年の抱負を確認する。

2025年の抱負

・『Death the Guitar』完成させて売る! ウオオオ
・落ち着いて過ごす。生活を整える。リズムを整える。疲労を無視しない。ストレスも無視しない。たくさん休む。淡々と毎日生きる。日光浴びる。薬飲む。筋トレする。
・『ユメギド』さっさと完成させる1月中! 1月中に完成しなかったら、もうリリースをあきらめる。Death the Guitarが一番優先だから。
・淡々
・淡々とやる
・ライフワークとしてゲーム開発をする。生活をすることとゲームを作ること。両面から
・コツをつかみながら
・そのコツを、相似的に適用しながら
・落ち着いて、淡々と
・淡々々々々々々々々々々々々々々々々とやる
・自分にできないことをやらない
・あきらめる
・素早くあきらめる
・どうしようもない問題に固執しない
・消費の大きい行動をしない。大人数の集まりとか、旅行とかの誘いを、時として断る。時として断る、自己管理。
・起伏のない生活
・起伏のない生活がGOOD
・やりたくないことをやらない。開発中に悩んだ時は、その悩みの前提から妥当性を検証する。やりたくなかったらやらない。
・批評性を目的にしない。批評性は手段に過ぎない。センスを優先する。センスで作品をユニークにする。
・落ち着く
・淡々とやる
・手を動かす ように なる
・装置になる
・トロヤマイバッテリーズフライドは装置になる
・装置なので、自己嫌悪に悩みませんし、お酒も飲みません
・自己嫌悪は生産的でないと三島由紀夫も言っている
・淡々の冒険旅行
・腰……
・腰痛が、すごくて……
・腰椎椎間板ヘルニアにならないように気をつける(もうなってたらごめん)
・2023年の自分は、友達がいないと嘆いていた。さいわい2024年は、友達ができた。たくさんできた気がする。いろいろな人とサシで会って、ご飯を食べたり、話すことができた。人と話すことが楽しくて、泣けてきます。みなさんありがとうございます。
・やりたいことやれ! やれないことやるな!
・落ち着け!
・落ち着いてください!
・2025年の抱負は「落ち着く」
・あと健康になる
・生活しながらDeath the Guitarを作る

ユメギドは長引きそうになったので一旦停止した。Death the Guitarもいまだ開発中なので、創作活動としての目標は未達まみれだ。まあ仕方がない。少しずつ進んでいくしかない。

あとは「落ち着く」「健康になる」が抱負だったらしい。生活のほうは、今年は実際わりと落ち着いて過ごせていたような気がする。あと体調面も安定してきた。ランニングの習慣が続いてくれそうなのが良い。腰痛も、一時期ひどかったけど最近はだいぶ減った。一日あたりの活動量の限界を、自分で見れるようになった気がする。コンサータの処方を停止したのも良い判断だった。カフェインのあるコーヒーと、酒を飲まなくなったことも。

ゲーム全然作れてねェーけど、今年の自分のことは、自分としては褒めたいと思うんだ。もがきかたの筋が良かった。さっきも書いたけど、人生の具合が良くなって来ているのではと思う。大学も無事卒業確定したし。

来年はなんだろうね。何でもできる気がする。まあDeath the Guitarを作り込んで完成させよう。そうしたら、人生の駒が次に進む。それまでは、昨年の抱負をそのまま引き継ぐ。