ギターの咆哮

2024 - 11 - 18

秋葉原の音楽スタジオに行った。会社の人がご友人とバンド練習をするらしく、ご厚意で見学させてもらった。ギター関連の資料収集だ。

僕はギターに詳しくない。Death the Guitarの効果音は、すべてギター好きの友人に弾いてもらったものだ。Death the Guitarを作り始めてから、自分用にストラトキャスターを買ったけど、今はもうすっかり弾いていない。ベッドの横にあるので、たまにくびれを撫でているだけだ。でもやっぱりギターをテーマにしたゲームを作るわけで、資料収集はさぼっちゃだめだった。

昔のバンドメンバーで集まって仕事終わりに合わせるの、良いな。

blink-182の『All The Small Things』を弾いていた。ギターの人が「弾いてみな」と、ギブソンのなんとかかんとかを僕に持たせてくれた。パワーコードで、何となく弾いてみた。コード進行は簡単なので、どうにか僕でもそれっぽく弾けた。楽しい……。そう、スタジオでギター弾くと本当に楽しいんだよな。弦を揺らすと、左手の指先に振動が伝わるのだ。スピーカーも振動する。部屋も振動する。聴覚は鼓膜の振動を感じているわけなので、実質触覚と同じだ。

スタジオではエフェクターのレンタルができたので、片っ端からレンタルして、一つずつ写真を撮らせてもらった。今日は一眼レフを持ってきていた。さまざまなエフェクターのデザインを蒐集することができた。暇なときにデッサンしよう。実際に繋いで、音の変化も弾きながら試してみた。このRATというディストーションが一番気に入った。つまみが結構重かったり、ペダルの押し心地も独特の抵抗があった。モノとしての量感を感じられた。音も良いと思った。聴き慣れていないから、そんなに違いは判らないけど。

見た目が好みなのは、このZVEXのFuzz Factoryだった。ファズはたしか歪みがかなり強いやつだから、かわいいのは見た目だけだ。接続した瞬間、設定か配置が悪かったのか、弦に触れていないのに「ギャーーーーーー」と悲鳴のような轟音が鳴り響いた。音は止まらなかった。僕はバンドの方々に「これどうすればいいですか!」と助けを求めた。彼らはあれこれ動かして直そうとしてくれたが、どうにも直らず、ギターは鳴き叫び続けた。「わかんない! 弾き続けるしかない!」と言われた。僕はやむなく演奏をした。弾いているあいだだけ、ギターの悲鳴は止むのだった。すごかった。

スタジオ取材を終え、会社の人とご飯を食べた。ジントニック等を飲んだ。グラスの底面が丸くて、起き上り小法師のようにふるふると揺れた。

会社の人は最近、宇宙を飲むSF小説を読んだらしい。彼がチューリングテストとAIの話をしていたので、僕は最近『情報 第2版』で勉強したチューリングマシンの話をした。「ChatGPTにNP完全とNP困難の違いを、こんなふうに二人のティーンエイジャーに解説させて……」と言った。彼は「へ~。わかりやすかったですか?」と訊いた。僕は「はい、わかりやすかったですよ」と言った。彼は「NP完全とNP困難って何ですか?」と訊いた。僕は、「えーっと、NP完全は、えっと、チューリングマシンが解ける問題? 問題の集合? がありまして、それがPで、それよりひとまわり大きい問題の集合にNPがあって、ちょっとそれがどういう条件の集合か忘れたんですけど、Pに入るかどうかがまだ証明されていない問題? つまりチューリングマシンが解けるか解けないかがわからない問題? があるんですかね、で、もしそれが解けるなら、他のすべてのNPも解けることになるみたいな性質を持った問題がNP完全……だと、思いますけど違うかもです。で、NP困難は、えーーーー(斜め上を見る)。たぶんなんかもっと大らかな概念で…」

全然説明できなかった。恥ずかしい。僕は、自分が理解できていないことがわかった。本の説明を読んで、分かった気になっていた。でもいざ説明を求められると、自分の言葉ではまったく語れなかった。そもそも、読んだ内容を忘れていた。今調べたら、「解ける」にも「多項式時間で解ける(≒現実的な計算量で答えを導ける)」「多項式時間より長くかかるが解ける(≒解けることは示されているが、実際に答えにたどり着くためには永久の計算時間が必要になる)」の2種類があるのだった。そうだった。この違いをふまえないと、説明できるものじゃないな。僕は、学校のテストで公式がどうしても思い出せないときの気持ちになった。

教科書を読み直して思ったけど、「多項式時間」というのはなかなかエモい概念だ。ある問題について、登場するパラメータが一つ増えると答えを出すのに必要な計算量も増えるが、その増加具合が大きくともたかだか「パラメータのn乗」に比例する程度のとき、その問題は「多項式時間で解ける」と言う。それより増加具合の大きい関数、たとえば「nのパラメータ乗(指数関数)」とか「パラメータの階乗」などに比例してしまうと、計算量はあっという間に天文学的な数に膨れ上がり、技術的に答えにはたどり着けなくなる。

これ思い出した。懐かしいな。

答えがあることは分かっているが、それにたどり着けないことも同時に分かっている……。

『ファミレスを享受せよ』で、ダイヤル式のロックがかけられた箱を渡されるシーンがあった。金庫や錠前などでもよく見るあのタイプのセキュリティは、ダイヤルが一桁増えるたびに指数関数的な組み合わせ爆発を起こすので、多項式時間では解けないものだと言えそうだ。『ファミレスを享受せよ』では、その天文学的な組み合わせの膨大さを突きつけられた。そしてその謎を、まさに天文学的なアプローチで解き明かすことになる。僕はそのシーンに強く胸をうたれたのを覚えている。

会社の人とはご飯を食べながら、その後機密情報をたくさん話した。ここには何も書いてあげない。

一緒に秋葉原駅まで歩いた。会社の人が「秋葉原は、東京大空襲に見舞われた大勢の人々が苦しみながら神田川に飛び込んだので、幽霊がたくさんいるらしいですよ。トロヤさんは幽霊、見たことありますか?」と言った。ないですと言った。彼は何度か見たことがあるらしかった。ホテルで寝ているとき、窓の外から子供たちの「もういいかい」が何度も聞こえてきたという。あまりにもうるさいので「まーだだよ」と言うと、声は静まったのだとか。もしあの時「もういいよ」と言っていたら……と会社の人は締めくくった。眠たくなるエピソードだった。僕はいつも寝るとき、Youtubeで1~2時間くらいの怪談の朗読動画を流している。いろいろ試したけど、怪談が睡眠導入として一番ちょうど良かったのだ(流してるだけで聴いてないから、怖くはない)。ちなみにiOSは、タイマーの効果音設定で「再生停止」という項目を選べる。それを使えば、設定した時間が経つと端末が自動でスリープしてくれる。寝落ち動画などを利用するときには、活用してください。

PARCOの展示に来てくれたゲーム開発お友達が、猫の紅茶のティーバッグを差し入れしてくれた。かわいすぎるだろ。猫と紅茶という僕の好きなもの同士がかけ合わされ、好きの組み合わせ爆発が起きている。美味しかった。

寝た。