あ、僕がそれなのか
痛み。起きたら16時だった。
今日から始まる3日間のゲームジャムは、16時、渋谷集合にて開始だった。僕は今、家のベッドに寝そべっている。あと0分以内に、渋谷に行かなきゃいけないということだった。
アー、
遅刻だ
今年。多いな。俺。時間を守れないこと。が多い。目覚ましを13時と13時半と14時にかけたはずだけど、何も覚えてない。消してすぐ寝たということ。
今すぐ 行かな
アーもう
アーーーー
ヤーーーーーー
ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ
行きたく
やりたく
腰が痛むけど、この痛みは休む理由になるか微妙なラインだ。痛いけど別に、腰をやや曲げながら動けば、耐えられる。行こうと思えば、行ける。
行こうと思えば 行こうと思えない 思ってくれ たのむ
でも
アーーオイシサシミクイテ
チーム開発の短期間ゲームジャムをドタキャンするのは、だめすぎ。
迷惑どころではない。
人として
人として!!
人としてってなんだよ!!!!! 人じゃねえよ!!!!!!!! 人だよ
就活に活きる実績づくりのため、チーム開発の経験を積むため、自分一人では作れないゲームを作るため、AR表現の可能性を知るため、など
「参加します」って言ったのは、自分だろ。
言い逃れできない。
でも行きたくない
行きたくない 怖い アイデアを否定されるのが怖い 仕事が間に合わなくて呆れられるのが怖い 考えの合わない人と意見をぶつけたり着地点を探ったりする過程で摩擦が起きるのが怖い 言葉遣いやふるまいが荒っぽい人とコミュニケーションをするのが怖い 作業をする人々に囲まれた空間の張り詰めた空気が怖い 何か言ったときに無視されるのが怖い やれるかなと試したことが、実現不可能だとわかったときの落胆と焦りが怖い 他のチームが着々と仕上げていく過程を横目で見るのが怖い 周りの作品と比較されるのが怖い 周りのチームに比べて自分たちが劣っていることを、チームメンバー同士でなんとなく察した空気になるのが怖い 現時点でチームのみんなに迷惑をかけていて、それに対する罪悪感をおぼえながら電車に乗る時間が怖い
何もしたくない 家にいる限り、渋谷で何が起こっていても関係ない このまま知らないふりをして、寝たい あっ忘れてました〜みたいな顔をして、そのまま剥製になりたい
なんで「参加します」って言ったのか
2週間前の俺
なんで
眠くなってきた
逃げたいのか
僕はバウッと息を吐いた。起きあがった。
逃げない。何もしないのはやめだ。でも渋谷に行きたくない思いは、ガチだった。ゲームジャムへの参加を、僕は恐れていた。未曾有の体験に、怯えていた。
そんなこと言ったら、そういう恐怖心を克服するために、参加したんじゃないか。アアア。

チームメンバーに、今日は渋谷に行けないがリモートで協力すると伝えた。「家で腰痛を回復したい」という理由は、半分事実で、半分嘘だった。半分だけ事実を混ぜる手口こそ嘘つきの常套手段であり、僕が最悪であることの証明だった。死にたいと思った。でも今は、死ぬよりも先に連絡と情報共有だ。死ぬ前に、ゲームジャムに参加して、ゲームジャムを完遂しなければならなかった。それは自分で納得できた。
僕はPCの前でうなだれて、待った。椅子に座っていると腰が痛かったけど、横になったら寝てしまう。眠いのに寝られないことが、苦しかった。まもなくDiscordで、チームでの音声会議が始まった。僕はチャンネルに入った。
メンバー5名それぞれの自己紹介が行われた。リモートなのでどんな人たちなのか想像がつきにくかったけど、誰とも朗らかに会話を交わすことができて安心した(知ってる人が2人いた)。あきらかにコミットする気の欠けた悪玉のようなメンバーは、いないように思った。あ、僕がそれなのか。
事前に提出しあった企画案それぞれについて、実現可能性や面白そうさ、テーマに適しているかなどを話し合って、吟味した。最終的に、僕が出した3つの案のうちのひとつで行くことになった。とくに反対意見は出ず、するっと決まった。僕は案決めの段階でチーム内の連帯にひびが入らなかったことに、安堵した。開発が進むにつれて分業になっていくので、一悶着あるなら一番最初だと思っていた。僕はこの案を書いてよかったと思った。
しかし同時に、この案が構想しているゲームを、自分が作りたいわけではないことにも気づいた。案出しのときは、僕は数を出すために課題応答的な思考回路で考え、思いつくことのできたアイデアを手当たり次第に提出していた。僕自身が面白いと思うかどうかより「みんなが面白いと思いそうか」みたいな軸でしか考えていなかった。僕らしさのエッセンスは含まれているにせよ、根本的にはやる気の出る内容のゲームではなかった。もしこれが無期限のソロ開発だったら、ここで立ち帰ってアイデア出しのフェイズに戻っただろう。でも今回は、チームかつ時間制限のある開発だったから、早いうちにやることの方向性を確定する必要があった。僕がこの企画に興味が湧かないのと同程度に、チームのみんなもこの案に興味ないんだろうかと思うと、心拍数が上がった。
3日間かけて、僕には思いつけないみんなの意見もかよわせていって、選ばれた企画をより魅力的に洗練していけるのが、チーム開発の利点だろう。形になるとき、一人の限界を超えた作品ができるはずだ。そのためには、僕もやるべきことをやらなきゃいけないのか。
僕は一日中、自室のPCの前で張っていた。チームのみんながスクランブル交差点に取材しに出ている間も、いつでも返信できるよう待機しつつ、このゲームの考えられる問題点や、よりよいブラッシュアップの方法を考え、言語化した。

リモートで会話していることを考慮して、思っていることを言うときは、簡単な絵もあわせて送って、なるべくグラフィカルに理解してもらうように努めた。

今日の作業は完了した。明日以降のタスクの振り分けが行われた。大枠のゲームデザインはすでに定まったので、これからの細かな調整は他のプランナー志望の人に任せ、僕はデザイナーとしてドット絵素材の量産に注力することになった。プログラムが得意な二人は、ARの技術検証に時間をかけたいようだったので、その検証結果に応じてゲームデザインも対応できるように、プランナーはプランBも控えておく必要があるようだった。ゲームジャムって感じだ。
僕は自分がデザイナーをやることに、とてつもない不安をおぼえた。ビジュアルの手仕事部分が、僕に一任されたのだ。僕が描いたものが作品の顔をつくり、僕が何も描かなければ作品は完成しない。怖い。僕には、自分の絵が”通る”とはどうしても思えない。今までに一度も、そう思ったことがない。僕に、ゲーム開発チームのデザイナーを担当するに相応しいスキルは無い。でも、やるしかないのだった。このチームに、デザイナー志望のメンバーはいなかった。”通る”か”通らない”かではなく、僕の絵で”通す”しかないのだった。
明日は10時に渋谷集合だ。朝すぎる。
今度こそ、家を出て時間通りに渋谷に行かなきゃ。
苦
今すぐ寝なきゃ、朝に起きられない。
でも寝たら明日になる。
明日を迎えたくない。
寝る。
寝るのがオススメ。