カオスなラウンジ

2024 - 11 - 26

起きた。昼だ! 日光、セロトニン。

しかし、あいにくの曇りだった。あいにくの、曇りでおま。カーテンは鈍く光っている。「雨の日と、曇りの日と晴れと、どれが一番好き?」と訊かれたら、僕ならば、晴れと答える。晴れ晴れ晴れ! 雨も好きだが、晴れが圧倒的だ。曇りはしょうもない。雲ひとつ無い空か、雲がひとつだけ浮かんでいる空がいい。

インターンの書類を提出して、学校に行った。授業はなかったが、本が延滞していたので、返しに行った。

図書館の返却口で、借りていた本を出した。司書の方が、本を検めた。するとページのあいだから、整骨院の診察券が出てきた。ここにあったのか。僕は(見つけてくれて)ありがとうございますと言って受け取った。司書の方は「こういうのも見てますからね」と言った。

うちの大学院に、ゲームアートの制作をしているM2の先輩がいる。この前「気軽に遊びに来てね」と言ってくれたので、軽い気持ちで遊びに行ってみた。僕が通っている棟の、吹き抜けの上の通路を歩いた先にある、院生の部屋だった。

院生部屋は、ごちゃごちゃしていた。

ごちゃごちゃしている。

先輩がいた。例によって、進路の話をした。昨日社長に言われて考えたことを言った。「来年度(26卒)は就活をせずにDeath the Guitarを集中して完成させて、その売れ行き次第で次年度就活かどうかを考えなおすっていう形もいいかなーと思いまして」と言った。すると先輩は「え、それでいいじゃん。そうしなよ」と言った。判断が早い。先輩は「就活とかまじ病むし。トロヤ君はもう、個人でやっていくのが良いと思うけど。私も複数人でゲーム作るの向いてないなって思って、個人でやっていくことにした」僕はすごいなと思った。やりたいこととやりたくないことに見切りをつけ、すぱっと決断を下している。僕が「やりたくない……でもやりたくないことをやるのも人生……しかしあるいは……」などとうだうだ考えいる間に、決める人はとっとと決めている。

院生部屋のドアが開いて、学部2年生の二人が入ってきた。彼らも遊びに来たらしい。彼らを交えて、四人でお互いの作品を見せあったり、いままでのことやこれからの話をした。

後輩の二人はどちらも、先日の文化祭で作品の展示をしていた。どちらの作品も、印象に残っていた。X君はPS2のゲームキャラを操作すると、それと同時にモニター自体も歩き回るロボットを作っていた。彼はゲーム機を分解するのが趣味だった。PS2の配線を意図的にショートさせてグリッチを起こした画面を見せてくれて、めちゃ面白かった。この映像を使ってVJなどをしているそうだ。今はWiiを分解してみているらしいけど、ショートさせてもエラーがソフトウェア側で処理されてしまうのか、ディスプレイにグリッチが出てくれなくて困っているらしい。変わった悩みだ。

Y君は、介護ベッド?看護ベッド?の上に小さな彫刻作品を並べていた。「ベッドのサイドテーブルを台座にしてしまうの、すごく面白かったです」と言うと、あれは元々は別の収まりのいい台座にする予定だったけど、搬入の余裕がなくて泣く泣く介護ベッドに変更したんですと言った。妥協案としてあれを選んだのか。

Y君はもともと他の大学で工学を学んでいて、院卒の後エンジニアをしたり稲作をしたり家業のリノベデザインをしたりしつつ、この美大に入り直したらしい。今は色々あって、休学中らしい。この人何歳だ。先輩も他の大学を出たあと、メーカー勤務や漫画連載など、いくつかのキャリアを経ながらこの大学の院に入ってきていた。この人も何歳だ。僕はすこし親近感をおぼえた。我々は、それぞれ紆余曲折あってこの部屋に集まっているようだった。X君だけストレートでここまで来ていて、おそらく二十歳近くだった。早い段階でやりたいことに照準が定まっている彼が、まぶしかった。

壁には3つのiPhoneが飾られていた。一つは割れていた。

院生は、専用のデスクが割り当てられていて羨ましい。この机には、顕微鏡や電子工作部品が並んでいた。大学にそういう場所があれば、毎日通い詰めるのに。

話し込んだあと、X君とY君とともに院生部屋を出た。僕は彼らに「院生はデスクがあっていいなー。学部生ってどこで作業すればいいのかな?」と訊いた。すると「ハッカースペースがありますよ」と言われた。ハッカースペース……。確かにあった。この棟にある、大きめの”凹み”だ。あそこは確かに、図書館より雑然としていて作業空間に適しているように見える。図書館は好きだけど、静かすぎてたまに暴れたくなる。しかし僕は、ハッカースペースにやや苦手意識があって、一度も利用したことがなかった。あそこは同級生たちがよく、ソファに溜まっている。おしゃべりをしたり寝たり、電子鍵盤のおもちゃを弾いたりしている。そこに溜まっている人たちは、美大特有のオラオラした”人種”(テクノ、グリッチ、サンプリング、カオス*ラウンジ、らき☆すた、椹木野衣『シミュレーショニズム』を好む)が多いように見える。僕は彼らを、すこし恐れていた。きっと恐れるような人たちではないのだが、いわゆるクラスの端っこ陰キャであるところの僕は、彼らに対して一方的に威圧感を感じてしまっていた。我ながらくだらないな。

僕あそこちょっと怖いかもと言うと、X君が「自分よくいるんで、一緒に行きましょうか?」と言ってくれた。たしかに彼もVJをしているテクノ好きなわけで、”人種”で言えばまさにだった。僕は彼と一緒に、ハッカースペースに行った。

来た。期待通り、雑然としていた。僕はデスクの一席を借りて、作業をした。X君とY君は他の友達と合流して、ソファで音圧について語っていた。

いいな、ここ。

いつのまにか後輩君たちはいなくなった。しばらくすると、ソファには別のグループが集結してきた。「完全に鑑賞者依存の作品ってどう思う?」「それってすべての作品がそうと言えない?」「まあそれはそうなんだけど」などと話し合っていた。そのあとポケポケの対戦をして、眠りチェックキモイなどとはしゃいだ。次に「お前もう〇〇のファンデ使うのやめろよ」とメイクの話をしていた。

落ち着くかもしれない。空間に同居する人たちと、いい感じに無関心の距離を保てている。僕の方はどうしてもまだ、聞き耳を立ててしまうけど。慣れたら慣れそう。慣れたい。あの場に身を晒すのは、自意識を滅する訓練としてちょうどいいかもしれない。僕の悪口なんて言ってるわけないんだから。

閉館までパソコンで作業した。研究室の人に「そろそろ締めます」と言われたので、僕は帰った。ハッカースペース、ありかもしれないです。自宅よりは集中できる。大学に居場所を見いだせたら、何かと効率が良くなる。選択肢が広がった。

加持さんも「自分で考え、自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのか」と言ったことだし(今日もエヴァのこと考えてた)、そろそろ進路について覚悟を決めよう。もうだいぶの人から話を聞いた。そろそろ、相談しても仕方なくなってきた。誰に聞いたところで教えてもらえるのは、その人が知っていることだけだ。みんな自分が知っていることしか知らない。僕の人生は僕の責任で決めて、喜びも後悔も僕のものにするとしよう。

今週末のインターンが終わったら、一旦すべての予定が落ち着く。そこで腹を決めるとする。

腹を決めたら動けると思っているのも、なんだか上滑りしてる感が否めないけど……。現状Death the Guitarを全然作れていないやつが「来年は全力でDeath the Guitarに集中する!」と決めたところで、一体何になるのか。就活を延期するだけで、環境が好転するというのか。わからない。

でもまあ、それも含め、自分で決めるほかない。