不可視の狼煙

2024 - 08 - 13

遠くの空でセミが飛び交っている。遠くからだとセミもハエと同じだ。

一方目の前の壁にへばりついていたセミは、その解像度を増しながら僕の方に突進してくる。夏場において、このマンションからセミと一匹も接触せずに出るのは不可能なので、もうセミとぶつかっても心が動かなくなった。住み始めたころは、セミがこっちに来るたび「キャー!」と言っていた。いまや懐かしい。

マンションを出たのは散歩するためだ。相変わらず……目的のない散歩……。

バッタ。

結び目。

雑巾。

有刺鉄線って、セキュリティとしてはあまりに大味というか、本気出せば余裕で乗り越えられるのでは? と思ってしまう。棘は厚い手袋などで対策できそうだし、僕のような多少身体がズタズタになっても気にしないタイプの人間は、ローソンに行くついでにでもひょいっと入れる。

有刺鉄線の一番の利点はロマンだと思う。有刺鉄線の向こう側には「隠された研究施設」があるのが相場だ。そそる。設置した人も、若干テンションが高まっていたんじゃないの。

鉄パイプを室内に通すために割られたガラス窓。

このペットボトルの傾け具合で、顔がこの角度になることは、無い。

免許を取って以来、道路標識が視界に入るようになった。今までは揺らすと揺れる白い柱としか認識していなかった。外の世界はこんなにも意味を含んだ標識で溢れていたのだ。

道路標識のポールに、丸いシールが貼られていた。

次のポールにも貼ってある。いろいろな色が使われている。だれかのいたずら?

次のポールにもあった。これを貼った人は、僕と同じルートを歩んでいるのだろうか。

観測した範囲の道路標識のポールのすべてにシールが貼ってあった。この規模は、いたずらではなさそうだった。たぶん、行政上の何かの符号として貼られているのかな。

知ってました?道路標識の柱に張られた丸いシールの意味

調べたらこういうnoteの記事が出てきた。点検の度に、印として貼られているようだった。狂犬病の予防接種を受けた犬の家の玄関に貼られているシールみたいなものか。昔はあのシール、枚数ぶんの数の犬が住んでいると勘違いしてたな。

それにしても、上のnoteを執筆している「道路標識マニア」さん、本当に道路標識が好きみたいですごい。どの記事も読みごたえがある。

160種類以上もある!? 地方色豊かな “動物注意” 標識

同じ「イノシシ注意」の標識でも、いわゆる標準形とは異なるご当地のデザインがある。そういった動物注意のバリエーションを網羅したリサーチ記事。

このイノシシ可愛い。

標識一覧にあるけど存在意義がわからない標識5選

一部の標識の存在意義を問う記事。優先道路標識のところがとくに面白かった。優先道路標識は、今自分が通行している道路が優先道路であることを示すためのものだが、それはむしろ今この道路に合流しようとしている車の運転手こそが把握すべきことではないのか。ほとんどの場合そちら側の合流地点には「止まれ」や「徐行」の標識が設置されているらしいけど……「優先道路」標識を見かける側はその確証が取れないので、これから交差する道路の車が譲ってくれるだろうと安心するのは難しいんじゃないんだろうか。

という散歩だった。やや近視眼的な写真が多かったな。

痕跡。ポールに貼られた丸いシールを調べていた時、これを貼った人のゴーストを追っているような気持ちになった。有刺鉄線も、これを張り巡らした人が確かにいるということにあらためて気づいた。その人は確かな防犯機能を期待してこれを巻いたのだろうか。それとも、何か諦めのような感情を抱きつつやったのだろうか。あるいは、ある種の高揚感を持っていたのか。真実は分からない。僕は想像するしかない。

僕は有刺鉄線が好きだ。この現代で、防犯という大義のために人を傷つける(それも鋭さで刺す、というかなり原初的な手口で)口実を得て、その存在を許されているもの。面白い。僕の中に「面白アイテム」として登録されている。有刺鉄線で大縄跳びをしたい。本気で言ってます。

帰宅後、『Inscryption』を遊んだ。僕が一番好きなゲームの一つだ。最近人におすすめして、その人がいまプレイしてくれているので、自分も思い出を呼び起こすために再プレイしてみている。やっぱりマンティスゴッドが優秀すぎ。

Inscyrptionも、作った人がいるのだ。作者には『Pony Island』などの過去作がある。人間がこれを発想し、形にしたなんて、信じられない。天才にはかなわないな。

創作意欲が少し戻ってきた。

ゲームはもっとその表現可能領域を広げていくべきだ。僕はそれに貢献したい。くすぶっている場合じゃない。Inscryptionのように、多くの人の心の世界を広げ、豊かにしてくれる作品がもっとこの世に現れなければならない。僕はその部品になりたい。もっとたくさんの試みがなされて、もっと多くの人が自分や世界をより深く発見できるようなきっかけを生み出さないと。そういう作品がこの世にあることが僕にとって一番の幸せだ。

僕は天才でなくてもいいので、形になるものを作らせてください。

作らせてください。

身体、動いてください。