見られている
13時に目覚めた。首をねじる。枕元に置かれたお盆が目に入る。そこには水の入ったガラスコップ、一本のバナナ、カプセル剤が置かれている。被験体のモーニングルーティーンだ。僕はバナナを食べて、カプセルを2錠飲んだ。

そのあとカーテン開けて日光を見つめたり、ストレッチをしたり、今日これからのことを考えたりしていた。気づけば20分ほど寝てた。骨が不快に痛む。肌を擦ると擦ったぶんだけ痛む。栄養不足か冷え性だろうか。昨晩動悸があったし、血流が正しく巡っていないのかな。結構つらい。体勢を変えるだけで、動かす部位が打撲傷のように痛む。今日はこの身体で行くのか。外れ筐体に当たった気持ち。ご飯を食べたらよくなるかな。日光がスマホに反射して天井に光の斑点をつくった。僕はスマホを傾け光の斑点を動かし、天井をぐるっと一周させた。斑点を意図した方向に動かすには、手に持ったスマホを直感に反する角度に傾ける必要があり、楽しかった。心が落ち着いた。
結局、目覚めてから1時間半後くらいに起き上がり、朝食をとることができた。これはどうなんだろう。狙いとしてはもう少し早く起き上がりたかったところだけど。でも朝食を食べ終える頃には薬効を感じてきていて、抵抗なくスムーズに着替えて出ることができた。
意欲がある。病院に行った。
「知り合いのカウンセラーから案内のお便りが来たよ。お渡しするので、必要に応じて以後はそちらで連絡を取ってね」と言い、主治医は手元を漁った。しかしお便りはなかなか出てこず、主治医は「あら? あら?」と言いながら部屋中を探索しはじめた。「どっかいっちゃいました?」と訊くと、彼はアニメっぽく「うん」と言った。僕に背中を向け、中腰の体勢で戸棚をまさぐりながら彼は「ごめんね〜おしり向けちゃって」と言った。僕は「あ、いえぜんぜんお構いなく」と言った。おしりを向けるのってごめんなのか。さっきまで、彼のおしりのことなど意識になかった。言葉にされたことで、突如として「主治医のおしり」という存在が僕の認知世界にぷりぷりと割り入ってきた。言葉が存在をつくる。僕は「ぜんぜんお構いなく」と思いながらうつむいて、小説を読んで待った。彼のおしりを見ないようにだ。ぜんぜんお構いなく。
結局、お便りは見つからなかった。このクリニックの診察室はいつも書類まみれ、栄養剤の空き瓶まみれでごちゃごちゃしているのだが、今日はむしろ、やたら片づいていた。年末に大掃除したのかな。だから失くしたのか。わかるーと思った。ふだん整理整頓をしない者は、たまに片づけをすると逆に何がどこにあるかわからなくなる。片づけ直後の部屋は、自分ならここに置きそうみたいな直感が通用しないから。
お便りは後日郵送してもらうことになり、薬をもらった。

帰り道、いつもとは異なる道を選んだら、想定より遠くの知らないところに来てしまって、家まで歩いて帰る気力がなくなった。公園にへたり込んで休憩している。でもここにいる限り家は遠いままだし、帰宅時刻は遠のく一方なんだよな。そう考えると、やりきれない。こういう急に何もわかんなくなったときに、人は自殺とかする。
知っている大通りに囲まれた区画のなかにいるはずだから、どの方向に歩いてもいずれは分かるところに着く。果てしなく家から遠のくことはない。僕は別の自分を自殺させながら、のんびり歩き続けた。いつしか自宅マンションにたどり着いた。18時半。思ったよりも時間が経っていない。悪くない!
帰宅したら、祖母が激怒していた。祖母は「それをご覧なさい」と指差した。

祖母専用のコップ。中には、カルピスのような薄く白濁した液体。あ~!
僕は理解した。朝食に牛乳を飲んだ。コップに注いだとき、牛乳パックがちょうど空になったので、僕はそれを洗ってから捨てようとしたのだ。僕はパック内部の洗浄ため、パックの口から水道水を注ぎ、口を閉じてざぶざぶと振った。その直後、おそらく何か意識の断絶があって、僕は自分が手に持っている牛乳パックの重みに「まだ牛乳が残っている」と勘違いし、そのまま冷蔵庫に戻してしまったのだろう。そして僕が出かけているあいだに牛乳を飲もうとした祖母が、パックの中身―――捨てるはずだった牛乳混じりのキモイ水を飲み、GAME OVER…
ということ?」と祖母に確認したら「私にいじわるしようと思って、やったの?」と質問された。普段なら僕のうっかりチョンボで済まされるところだけれど、最近の我々は衝突することが多かったためか、祖母の中で今回の出来事が「トロヤの故意によるいたずらかもしれない」と不安が膨らんでいたらしい。「ずっと、気が気じゃなかったのよ」祖母は嘆いた。僕が公園でだらだらしているあいだに、祖母は疑心暗鬼に苦しんでいたのか。僕は本当にうっかりしただけで、悪意はないことを説明し、謝った。祖母はだんだん怒りの熱気を強めていき、自分が不安な気持ちになるに至った具体的な顛末をいちから語りだした。これは長いやつだ。僕は祖母の話にごめんごめんごめんごめんごめんと相槌を打ちながら、そのままごめん列車になって自分の部屋に逃げ込みドアを閉めた。
ふう。
なんだか、今日も疲れたな。
「なんだか、今日も疲れたな」じゃない。ゲーム開発をしよう。

レポートを書くのと美術展に行く日程を、開発スケジュールにあらかじめ組み込んでおこう。

金曜日にレポート①と美術展、土曜日にレポート②を片づけることにした。なんとなくだ。どうせ全部やるのだから、あんまり悩む意味もない。開発のスケジュールを立てているあいだ、開発は進まない。おそろしい。今やっているこれって、役に立っているのか?

ゲーム完成に至るまでのタスクを書き出した。ゴリゴリという名前のタスクに「基本的なレベルの肉付けと、臨時の演出の実装など、書いていない作業すべて」みたいな無責任な意味を託している。結局こうなるよね。しかし、これ以上工程を細分化して見通すのは無理だ。無理だからやらない。このような開き直りが、沁みるんだぜ。できねえことは、やらねえ。僕にはできねえことがたくさんある。それら全部、やらねえ。
書き出したタスクたちを、カレンダーに割り当てていこう。

割り当てた。右に何やらはみ出したタスクがある。フフッあるね。

美術展、2月1日に行けば学生は無料で入場できるらしいので、その日に行くことにした。混みそうだけど。
とりあえず本日のスケジュールはこのようなかたちで、いくかー。本当の作業をやっていくぞ。
でもなんだか、すごくめんどくさいな。
カレンダーつくっただけで、たいそうつかれた。
もうねたら、だめやろか?
だめか。とてもかわいかったら許されたかもしれないが、俺のかわいさでは通らない。やるしかない。スケジュールを立ててみた途端、スケジュールがあることのストレスがどさっと覆いかぶさってきた。気が重くて……。こんなにモチベーションの低い状態の日記を人に読まれるの、恥ずかしいな。でも、本当のことしか書けないもの、やりたくね~って思ってたら、やりたくね~って書いてしまうな。泣き言ばかり書くのよしたい。その場合はあれか、やりたくね~って思うの、やめればよいね。
一度コーヒー淹れよう。
コーヒー飲みながら高瀬舟羊羹食べながら、先日落ちたストアページの再申請作業をやっている。高瀬舟羊羹ほど美味い高瀬舟はない。申請作業が終わった。

割れたガラスが部屋に飛び散っているようにした。リトライのたびにガラスの様相が変わっていて欲しいので、生成的にした。

OnDrawGizmosという関数を使い、エディタのシーンビュー上で生成範囲を確認できるようにした。ビジュアルで範囲を確認できるのはうれしい。

AnimationCurveを使って、ガラス片が生成される位置の確率に連続的な重みづけをした。窓に近い位置にはより多く、離れた位置にはより少なく破片を飛び散らせるようにした。

疲れたので終わりにする。今日やると決めたタスクのうち、半分だけできた。半分しかできなかったとも言う。はじめから全部できるとは思っていなかったので、いい。
十分やった。時々息が詰まって、椅子の座面に頭をうずめたり、洗面所の鏡で自分の顔を見つめたりした。十分やった。
明日もまた、スケジュールを見てから始めよう。
もうすぐ朝7時になる。おやすみ。