終わらないクロノスタシス

朝ヒウィゴ。徹夜したので、朝日を浴びながら1時間ほど歩いてから寝た。

朝は違う。夕方よりもくっきりと見える。夜間に冷やされた大気は安定していて、光の散乱や屈折が起きにくい。冬は特に空気中の水蒸気が少ないので、遠くが見える。理屈はともかく、違うのはわかる。

なにより夕方とは光の向きが違う。いつもは右を歩くけど、今日は左を歩いた。だからぜんぜん違うものを見た。
帰って寝た。夢のなかで、僕は祖母を床に押し倒し、何度も床に叩きつけながら「僕のこと否定し続けたいんだろ? 出来損ないと思いたいんだろ? 怒り続けたいんだろ?」と恫喝していた。祖母は笑い続けて、YesともNoとも言わなかった。
17時に起きた。誰かを恨むのも、叫ぶのも、力で捩じ伏せるのも、夢の中だけにしたいなと思った。僕は今のところ、他者を尊敬することができるし、暴力は振るわない。昨日の日記でyさんを心配する気持ちを僕は「老婆心」と書いたけれど、そういえば祖母は老婆だな。祖母は僕に老婆心を抱いている。
色々試したけれど、やっぱり薬は枕元に置いて、目覚めたらすぐに飲むようにしてみる。寝覚めの薬を飲んでいない状態で「今日はこれからどうしよう」と思う時間が生産的じゃなさすぎるな思った。
今からちょっと瞑想したら起きあがって、3つ小タスクをやったら、ご飯食べて筋トレしてシャワー浴びて、ユメギドの開発をしよう。高熱を出した日以来、日記を書きすぎてる。日記を書くことが、その日のやったことになっている。コンディションがガタガタで生きた心地がしなかったので、生の実感を見つけるために色々と整理する必要があったのかなと、いう感じで、許すけど。今日からまた、ユメギドを作る安定的なルーティンを探しつつ、淡々と生活しよう。
3つやってご飯食べて筋トレした。背筋を重点的にやってみた。腹筋と背筋は均等に鍛えないと、身体がこうなりそうだなと思って。
シャワー浴びた。
ゲーム開発していない。
どうしても椅子に座りたくなくて、寝室に布団を広げて横になってしまった。椅子に座っているとすぐに腰がずきずきして、椅子からの反発力を感じる部分から身体が苛立ってくる。身体的不快感のために、もぞもぞするが、すればするほど身体の正解がわからなくなってきて、不安に覆われる。その状態が恐ろしいものとして認知されたのか、自室の椅子に座ることを想像するだけで気分が暗くなるようになった。椅子を目にすると、固まって動けなくなる。最近自室の入り口で立ち止まって硬直する時間が増えている。この、空間に陣地を奪われて次第に追いやられる感じ、知っている気がする。浴槽のカビを掃除をしたときか。あのときに、自分の精神が、空間に支配されている感覚をおぼえた。
パートナーの家も最近しんどいと感じる。昨日まで数日間彼の家に泊まっていたけれど、居心地が悪くずっとそわそわしてしまった。ベッドに寝そべる以外の安定状態が見つからず、狂いそうだった。ソファに座るのがつらかった。直角だし、布が張っているし、赤いし、テーブルの高さが合っていないし。また、少し動いてもさまざまな異物感がいちいち気になってしまい、胸が騒いだ。玄関の自転車に腰がぶつかったり、トイレのドアが閉まりきらなかったり、なんでこんなところに水筒があったり、時計の秒針が止まっていたり。なにより冷気がきつい。暖房をつけても床は冷え切ったままで本質的な寒さはなくならないし、しばらくすると酸欠っぽくなってきて脳がにぶる。襖やドアを閉めても開けても変な感じがする。ベッドが唯一の安寧の場所だったのだけど、パートナーがそこを使っていた場合、僕にとっては使用不可になるときがある。睡眠中のパートナーは、アルマジロのように硬くて動かない。彼の曲げた膝が僕の背中に当たったりしていると、その接触面にある抵抗力がどうしても気になって、拷問を受けているような気持ちになる。だんだん壁に追いやられる。「追いやられる」がテーマかもしれない。日記を書いているときだけは集中していて身体的不快感を忘れることができるので、ソファの上に何時間でも座っていられる(代償に、作業後身体がバキバキになる)。あと、コーヒーを飲んだあとも不快感がやわらいでいるかもしれない。そんなわけで昨日と一昨日は、ほぼ日記を書いて過ごした。
2021年10月30日に、パートナーが14時間ベッドで寝続けた。今となっては珍しくないけれど、まだ彼のことをそんなに知らなかった当時はあまりにもずっと眠る彼にびびって(トイレや食事のため途中数度起きてきたけど、その間もほとんどNPCみたいでびくともしなかった)、僕はパニックになった。居どころがなくて何も手につかず、耐えられなくなった僕は彼の家を出て、街の神社の中で放心状態になった。当時の僕は自分が愛されていることに自信がなかったため、パニックの原因を「『14時間も僕のことを放置して眠りこけるということは、彼は僕のことをどうでもいい存在だと思っている』と思いこみ、不安になった」と愛着の問題風に解釈した。しかしその一因には、今の僕が過敏になっているような「空間に追いやられる」環境心理学的なストレスがあったのかもしれない。
認知の問題はあると思う。時計の秒針が止まっていることに僕が気づいたのは三日前だったが、訊いてみたらそれはもっと前から止まっていたらしい。このことから、空間が恒常的にミスマッチなのではなく、僕側のコンディションが弱まっているとかで、一時的に部屋とギスギスする要素ばかりを見つけてしまう状態になっているということがわかる。止まった秒針が認知の歪みを教えてくれる。インセプションのコマみたいだな。二日前も、僕はパートナーのかかとが白癬に覆われているように見えて異常だと思ったので「かかとが異常では?」と言ったら「異常じゃないよ」と即座に言われてギスギスした。彼が自分のかかとを確認もせずに異常じゃないと言ったことに、不自然さを感じ、怖くなった。僕は靴下を脱いで(床の冷たさに耐えかねて、靴下を履いていた)パートナーに自分のかかとを見せた。「これが標準的なかかとだぞ。自分のと見比べてよ」と言った。彼はついに自分のかかとを見て、僕のかかとと見比べた。しかし「同じかかとに見えるけど」と言った。僕はヒヤヒヤしつつ「いや、どこからどう見ても違いますよね? 僕のかかとはこのように綺麗だけど、あなたのかかとは白く、硬く、綺麗の逆じゃん。水虫的なことでは?」と主張した。彼は、痒くないから水虫じゃないと言い張った。「でも、異常ではあるでしょ? え? おかしいのは僕の方なの? そのかかとって、個性ってこと?」僕は自信を失った。彼は「個性だよ」と言った。「じゃあ僕のかかとが美しいだけってこと?」と言ったら、そうだよと言われた。僕は信じられず、ネットでできる水虫診断チェックリストを読み上げ、パートナーを問診した。すると、彼の足が水虫である確率は10%だった。
たまにこうなる。マルホランドドライブを見た日も似たような違和感があった。かかとの違和感じゃなくて、かかとをめぐっての会話の違和感だ。このようにぎくしゃくするとき、びくともしないとき、僕の認知がおかしいのもあるだろうけど、彼は彼で、何かしら心身の具合が悪いんじゃあないの? と僕は疑っている。マルホランドドライブの日も二日前のかかとの時も、彼は特殊な案件を抱えていた。マの時は熱も出していた。14時間寝た日の事情は知らないけれど、14時間寝る必要があるくらいにはイレギュラーな状況だったと推察できる。
あ? じゃあ、僕がもっと彼に対して配慮してあげるべきなんじゃないのか? ぎくしゃくしているとき、ぎくしゃくしていることへの自分の中の不安ばかり見るんじゃなくて、ぎくしゃくしているなりに彼の中にも心配の種があるんだから、僕が第一にやるべきことはかかとのお医者さんごっこじゃなく彼の具合を察してそっとしておくことなんじゃないのか。それが人を尊重するということじゃないのか。自分が恥ずかしくなってきた。一つ学んだ気がした。
人間関係の学びを得てしまったけれど、本題はそうじゃなくて、えっとそう、空間に追いやられることについてだ。「認知の問題はあると思う」と書いたのですが、僕が言いたいのはそれじゃなくてその次です。それは、認知の問題はあるけど、同時に、「僕の性質の問題でもあると思う」ということだ。そして、そのために空間を自分の性質に馴染むかたちに整えるという対処を試してみたいということ。
パートナーがたまにベッドで地蔵みたいになって僕が眠れなくなる問題は、この前彼に相談して、別室で寝る用のもう一つの敷布団を使えるようにしてもらった。これがあれば、ベッドが使用不可なときも別室で寝られる(別室が寒すぎて失敗に終わったけど)。なんにせよこのように、追いやってくる空間に対して、能動的な環境調整で取り返す努力をもっとしてもいいと思うのだ。その日のコンディションや認知の如何に関係なく、今よりもより良い生活や作業を行えるような空間デザインは、試す価値がある。彼の家は彼の家なので要相談の話だけど、自室の改造ならすぐにできる。その改造の指針を得るために、必要な自己分析を、まずするべきだ。いつか彼の家について何かお願いごとをするにあたっても、自己分析を深めておいたほうが失敗が少なく済むだろう。
でももう、
一日が。
高熱を出した日以来、日記を書きすぎてる。日記を書くことが、その日のやったことになっている。
人生がどんどん、手前に。のけぞってきている。ほんとうに僕って。大丈夫なの。台所でしゃがんでコップとコアラのマーチどっちを先に手に取るか悩んでいたら、両手で両眼をぐりぐりしてまた立ち上がれなくなってしまった。笑えねー。何に囚われているのか。
ユメギドがどんどん遠ざかっている。ゲーム開発どころか、時間が進まなくなってきている。洗面所でも立ち止まって、廊下でも立ち止まって、ダンジョン。
寝て起きたら空間やる。
俺はまだおかしくないはず。