13時に目覚ましの音で起きた。自転車に乗って、歯医者に行った。
抜糸をしてもらった。唇が紫色に腫れていることについて相談したら「ああ、どうしても内出血でね。しばらくしたら黄色になると思いますよ」と言われた。僕は「もうなりました。そしてまた紫になった」と言った。
帰宅して、昨晩考えていたことを思い出した。文学フリマに出展しそうになっていた。なんで。自分は今、文学フリマに出展している場合ではないと思った。すぐ別のこと始めようとするんだから。まずは、来月初旬の講評会に向けたDeath the Guitarのステージづくりに集中しよう。生活をできる限りシンプルにするんだ。
SEKIROやった。これシンプルに入ってる? 獅子猿という巨大なゴリラと戦って敗けまくった。弦一郎よりも強かった。苦闘のすえ、ようやく倒せた……と思ったらなんか、倒したはずの死体が動きだして、そいつが自分の左手で生首掴みながら右手で刀振り回しだした。敵の体力ゲージが再充填されて、オイオイ。「聞いてないよ!」と口に出して叫んでしまった。この強さで第二形態まであるの。まじ?
そこからさらに、同じ回数くらい戦って敗けた。第一形態の動きはほとんど捌けるようになった……と言いたいところだけれど、なんだかんだ毎回チマチマと食らっちゃって、第二形態にたどり着くころには回復が0〜2本くらいしか残ってくれなかった。最後の挑戦では、第二形態の敵のHPあと1ミリというところまで削ったのに、自分が×ボタン押すのが僅かに早くて、攻撃に当たってしまい、死んだ。僕は悔しさで暴れた。自分が許せません! パターンわかっていたのに、やること決まっていたのに、僕の指が、神経が、至らなかった。不甲斐ない。
首ゴリラを倒すのはひとまず諦めた。別のエリアを探索することにした。まだ行っていないところがいくつかある。爆竹がどこかで入手できると聞く。少し強くなってから出直してくる。覚えていろ。

外食をした。パテ・ド・カンパーニュを食べた。なんだそれ。パートナーに「カンパーニュはなんという意味でしょう」とクイズを出された。「”カンパーニュ地方の”?」「違う」
左のすり肉の塊がきっとパテだから、真ん中の緑がカンパーニュかにあたるのか? 瓜っぽい……もしや……と思って「キューカンバー? “胡瓜”か?」と答えてみた。不正解だった。まあ胡瓜じゃないもんね、これ。
正解を教えてもらった。カンパーニュ〈campagne〉は、英語では〈country〉に相当する語で、「田舎の」という意味だった。真ん中の瓜ではなく、写真には映っていないところの籠に入っていたパン(田舎パン)のことを指すようだった。へえ。
それにしても、歯茎の糸が切られたおかげで、口を動かしやすい! 満面の笑み。食事の席で、僕はずっと喋り続けた。「壁一面が自分の肌の色と同じ色で塗りつぶされた部屋にいて、自分の身体の輪郭線が部屋の色に溶け込んで見えなくなったことがない。なくない?」という話までした。

これ意味がよくわからなかったけど、美味しかった。
お会計のときに、北里柴三郎? 渋沢栄一? どっちかわからない、お札の偉人の顔が見えて、紙幣の肖像画の人ってどのようにして選出されるんだろうと思った。パートナーが「フェルマーよりオイラーのほうが偉大だと思う」と言っていたのを思い出した。僕は「日本の歴史でいちばん偉い人って誰?」と訊いた。パートナーは、んーどうだろと言った。歴史はイデオロギーの変遷だから、偉大さの基準も変わり続けてきた。だから、歴史上で最も偉大な人物が誰かというのは、難しい問いなのか。
2019年にイギリスでは、新50ポンド札のデザインにアラン・チューリングの肖像画が採用された。チューリングは業績でいうとかなり大きいけれど、同性愛者であったために当時は英国政府から迫害を受けて死んだ。そんな彼が紙幣に刷られるようになったというのには、ある種イギリス政府による贖罪的な、ポリティカルな判断があったりしたのかな。人工知能研究の先駆者なので、時代性も掴んでいるよね。
偉大さは絶対的に測れるものではないのはわかっているけれど、一万円札の人はやっぱさ、千円札の人より、偉さが上なんじゃないでしょうか?
帰った。今日マチ子原作のスペシャルアニメ『cocoon〜ある夏の少女たちより〜』を見た。傷口から血の代わりに花が噴き出ていて綺麗だった。画がかなりスタジオジブリを参照していた。
洗面所の方から「トロヤさ〜ん」と僕の名を呼ぶ声が聞こえた。見に行くと、いつも玄関に立てて置いてあるパートナーの自転車が倒れて、洗面所の外開きのドアを塞いでしまっていた。ドア越しにパートナーは「出られなくなっちゃった」と助けを求めていた。怖。僕はドアを塞いでいた自転車を立て直した。すると洗面所から風呂上がりのパートナーが出てきて、僕にありがとうと言った。僕は彼に「今の、もし僕がいなかったら、あなた一人で洗面所に閉じ込められて死んでいたんじゃないの?」と訊いた。すると彼は「キヒヒヒヒヒ」と魔女みたいに笑って、どこかへ消えた。彼は10年以上この家に住んでいるはずだ。僕が一緒に住み始めたのはたった半年前のことだ。キヒヒヒヒヒじゃなくない。怖い。
その後、腰が痛くなった。歯医者にもご飯屋にも自転車を使って移動したから、身体がもう店じまいをしたっぽい。そういえば自転車走行中、絵に描いたようなカマキリが路面を歩いていて、それを慌てて避けた。カマキリって自転車を漕いでいるときによく出くわす気がする。僕だけだろうか。
カマキリより今話題なのは、熊。この日記を読んでいる未来人のために書いておくけれど、最近熊が人間を恐れなくなってきたらしい。東北や北海道では、熊が人家や農園などに出没する事例が相次いでいる。作物が荒らされている。死亡事例も出ている。
動物って、犬といえば噛む、猫といえばひっかくというふうに、特徴的なアクションがセットでイメージされる例が多い。それか、キリンだったら首が長い、サイは角が大きいみたいな、見た目にアイコニックな特徴を持っていたりする。生態系で生き抜くためのポストを得るために、みんなプロパティやメソッドを先端化させるんだね。
その観点でいうと、熊はすごい。熊は、尖っていない。特定のアクションが突出して目立っているわけでもないし、見た目もとくにふざけていない。ただ、すべてのパラメータが桁違いに大きいのだ。噛む力もひっかく力も強烈で、走力もとてつもない。体躯も強靭。花海咲季みたいなレーダーチャート。他の動物がどんな個性を磨いたところで、熊のその圧倒的な総合力の前には、勝ち目がない。
熊に襲われたら何をされるのか、僕にはよくわからない。ズタズタにされて殺されるという漠然とした未来しか想像できない。熊はそんな総合力をもってして、頂点捕食者として獣の王座にいる。
『レヴェナント』でディカプリオがグリズリーに襲われるシーンは良かった。熊の総合力が出てた。あの戦闘も、第二形態みたいなのあったな。