テーマ帯び運転

2025 - 10 - 14

12時に起きた瞬間から頭、腹、手脚が痛くて嫌な気持ちになった。血行のやつな気がする。最近体調が悪い続きだ。痛みに文句言ってばかりの者の日記になってしまって申し訳ない。あと右手小指の第二関節もズキズキする。

40分ほど椅子に座って開発作業することができた。新しいキーボードと新しい椅子で。キャラクターの走り出しの感触をいい感じにするエフェクトをつけた。今日の目標クリア! わああ

最近よく脱出ゲームをプレイしてて思うけれど、脱出ゲームってほぼ必ずと言っていいほどドライバーがアイテムとして出てくるな。

思い立って、自分の家じゅうのドライバーが使えそうなところを探してみた。見回してみると、スイッチやコンセント、タオルかけのようなちょっとした金具など、思ってたよりもいたるところにプラスネジが使われていた。

照明スイッチ。脱出ゲームのプレイヤーがドライバーを持ったら、こういうインフラみたいな設備まで容赦なく分解してくるだろう。

一方で、リアル脱出ゲームにはドライバーは出てこない。リアル脱出ゲームはリアルじゃないから。プラスネジを回して外すなどという実際的すぎる行為は、リアル脱出ゲームには不向きなのだ。

自分の背中を触っていたら、僅かに凸になった部分があることに気づいた。え! これって噂に聞く粉瘤(fěnliú)というやつじゃない? パートナーに背中を見てもらったら「気にするほどのことじゃないと思うよ」と言われた。

でも僕はこれの存在が無性に気になってしまい、思わず自転車に乗って、近くにあった皮膚科に行った。そうしたらそのクリニックは人気店だったようで、受付の方からさわやかみたいに番号札を渡された。QRコードから待ち時間を確認したら2時間待ちだった。これから映画を見に行く予定だったので、それでは間に合わなかった。僕は診察券だけ作ってもらい、また来ると言って皮膚科を出てきた。

帰宅した。パートナーが僕の背中の写真を撮って、いかに僕の背中の凸が気にするほどのことじゃないかを伝えてくれた。

小さ。確かに。でも、こういうのって徐々に大きくなるみたいな話あるじゃん……なんだか怖くなってさ……。あと今日知ったけれど、整形外科と形成外科って違うんだ。

映画館に出かけるまでの時間、何もできず床に寝そべっていた。立ち上がることも困難なほど、身体に力が入らなかった。上体を持ち上げても、すぐに腕や首などが重力に負けてドボドボと床にこぼれ落ちて、また寝そべりの体勢に戻ってしまう。僕っていつからこんなに疲れやすい身体になったんだろう。高校生のときは元気いっぱいだったはずだけど。寝ながらパートナーに「恋人がこんなに疲れやすいのってどう」と訊いたら「どうとは」と言われた。

行きの電車内でも、身体を前に折りたたんで、重さに沈んでいた。疲れてる。疲れてる。疲れた。力が入らなす。瞼が持ち上がらなす。息がしにくかった。

ちっちゃいチョコだ逃げろ!!!!!!!!

ポール・トーマス・アンダーソンの『ワン・バトル・アフター・アナザー』を見た。面白〜かった? 一緒に見たパートナーは「最高だった」と言っていたけれど、僕は個人的に違和感があって、最高と言えるほどではなかった。帰り道はその違和感についてずっと考えて、パートナーと話したりした。

なんとなく自分が抱いていた違和感の正体がわかった。『ワン・バトル・アフター・アナザー』はおもに、気の狂ったショーン・ペンがディカプリオの妻や娘役を追いかけまわす話だった。ショーンペンは黒人女性に対して性的に強い執着を持ちながらも、白人純血主義のエリート秘密組織への入会に対しても熱意と執念を燃やす人物だった。個人的なストーキングのために警視職権を濫用して軍を出動させ街を一斉検挙するなど、わかりやすく狂気的で、ほとんどコメディなふるまいをしていた。

でもその追跡過程が、結果としてメキシコとアメリカの国境付近の街に潜んで暮らしていた不法移民たちへの弾圧になって、中盤では街ぐるみの騒動にスケールアップした。そこで僕は、この映画がそんなふうに、ショーンペンの気の狂った行動やアンビバレントな差別観が図らずもアメリカの移民問題や人種・ジェンダー問題などを掘り起こして、テーマを帯びていく作品なのかなと思ったのだ。巻き込んでしまって申し訳ないと謝るディカプリオにベニチオ・デル・トロが「お前だけのために戦っているわけじゃない」みたいなこと言っていたし。

でも終盤は、結局個人間の問題に舵が戻されたように思った。レヴェナントやノーカントリーみたいに、個人的な殺意のぶつかり合いみたいになり、狂気と愛の決着みたいな感じで終わった。そこが違和感だった(レヴェナントやノーカントリーは好き)。この映画の場合、中盤に魅力的に描かれた不法移民関係のテーマが放り投げられたまま終わってしまったように感じたのだ。ラストは特にむず痒かった。

もともとPTAはそういう思想性とは筋の違うところで尖った映画作りが評価されている監督らしいから、注視すべき部分が違ったのかもしれない? アクションとしてはめちゃめちゃおしゃれなところがたくさんあった。パートナー曰く、今回の作品はピンチョンの小説が原作になっていたから、その噛み合わせがトロヤくん的にしっくりこなかったんじゃないか、とのことだった。そうかも。小説だとあの真面目なんだか真面目じゃないんだかよくわからない感じって上手く飲み込めるんだよな。

帰った。ダンスダンスダンスで今日読んだ「犬のように眠りたい」というフレーズを思い出した。これ以上ないくらい疲れ果てていたので、一瞬でエルデンリングして寝た。