12時半に起きた。10時間くらい寝たなあ。
今上野で『大絶滅展』やってる。『[何かしらのパワーワード]展』という名前の展示が最近(?)増えた気がする。『いい人すぎるよ展』とか。2014年にサンシャイン水族館で『毒毒毒毒毒毒毒毒毒(もうどく)展』が開催されはじめた頃は、まだ聞き慣れない感じがあった。『美しき猛毒の世界』とかじゃなくて『もうどく展』なんだ、と思った記憶がある。

「卵の黄金比」ィ? しゃらくさい二つ名だ。
食べる。美味! 驚いた。めっちゃおいしい。ぬっちりしてる!

慌てて説明文を見る。
安曇野市は長野県のほぼ中央に位置し、3,000メートル級の雄大な北アルプス連峰がそびえ、そこを源とする機筋もの河川が合流する里です。
安曇野の説明から入る。安曇野って地名、出したもの勝ちだぜ。
山々の雪解け水も上質な湧水となって湧き出す山紫水明の地安曇野で、代表するものを生み出したい思いから生まれた「たまごパン」はお陰様で弊社の代名詞となりました。ご愛顧に心から感謝いたします。
低姿勢。山紫水明の地。
「たまごパン」にとって安曇野の清冽な水と澄んだ空気は重要な原料の一部です。微力ながら、この豊かな自然を守ることに努め、未永くこの地にこだわり続けます。
清冽な水と澄んだ空気。あくまで安曇野という土地への忠誠を表明することに終始していた。美味しさに誇りを持っている食品って、食材が育った土地への讃歌を謳っていることが多い気がする。高級料理店の料理説明とかも(行ったことないけど)そんなイメージがある。
ポケモンバトルするときも「マサラタウンのサトシ」って出自を言わされるけれど、やっぱりどの土地に根差した存在なのかって社会にとって重要なことなのかな。ラッパーも土地をレペゼンする。自分は転勤族だったから、その感覚がわからない。自分という存在が、固有の土地に由来するもののように思えない。千葉県船橋市のトロヤと言われてもピンとこない。まあ、たまごパンのように育ちが良いわけでも人気者なわけでもない僕について考えても仕方ないか。庵野秀明が山口県宇部市を(本人の意向はともかく)実質レペゼンしていることを考えると、確かにという気もしてくる。
デンパトウのときにお世話になった岩下さんのXのbioには「灘高が生んだテレビ東京のディレクター」と書いてある。出身校に帰属意識をおぼえているパターンか。その感覚もわからないなあ。
サトシってマサラタウンに対してどのくらいレペゼン意識があるんだろう。「旅に出る」と言って飛び出てきたとはいえ、定期的に母親やオーキドとはテレビ電話で連絡をとっていたから、地元への愛着はわりとありそう。でも、いざポケモンマスターになったときに、インタビューで、自分を育ててくれたマサラの地に対する感謝の言葉を捧げたのかどうか。
仲里依紗が番組で「一番大切なものは何かって聞かれたら私は『家族』って即答する」と言っていた。それもわからない感覚だな。今の自分を作ってくれた要素の大部分が家族だとは思うけれど、もし僕が今後優勝(?)したときに、家族に対してありがとうとは言いそうにない。もし「ご家族に何かコメントを」と尋ねられたら、こんにちはって言うかも。
たしかコナミの学生選手権で最優秀賞を獲ったときに、インタビューで、親御さんからはどんな反応でしたかと訊かれたんだ。「親には何も言ってないので、反応もないです」と言った。

別の賞のインタビュー記事のここ面白い。僕はたまごパンにはなれそうにない。
そういえば、自分は昨年安曇野に行っていた。わさび田を流れる水が冷たくて面白かった。あれも3,000メートル級の北アルプスから流れる清冽な水だったんだな。あの旅行楽しかったな。新潟県の銭湯でなぜかビンタされた。良い思い出。
いつのまにかまた寝てた。2時間ほど寝て17時。部屋がすっかり真っ暗になっていた。12月だなあ。もうすぐ誕生日および年末なのか。ヒィ。誕生日はともかく年末は好きだ。寂しいから。自分のあずかり知らぬところでさまざまなことが進行しているのが好き。年末はその雰囲気が加速する。
ポケモンの技に(ポケモンについて考えてばっかだな)「ゆきなだれ」というのがあるけれど、「なだれ」がすでに「雪崩」なのだから、ゆきなだれは「雪雪崩」でサハラ砂漠みたいな重言になってるんじゃない? と思った。調べたら、自然現象用語としての「雪崩(なだれ)」は確かにそれ単体で斜面上の雪が滑り落ちる現象を指していたが、その語源として「なだ(傾/頽)れる」という動詞が先にあったそうだ。そう考えると、それの名詞化として雪に限らず何かしらの物が滑り落ちていく現象を指す「なだれ」という語が表現されていてもおかしくないかもしれないな。ちなみに雪崩は英語でavalanche(アバランチ)。
ランニングしようと思った。パートナーが走っているさまをこれまで一度も見たことがなくて、見たいから、以前から一緒にランニングしようと誘っていたのだけれど、毎回理由をつけて断られていた。今日も誘ったら「僕はいいや」と言われた。「そうやって死ぬまで躱しきるつもり?」と言ったら「別に行ってもいいよ」と言われた。「行ってもいいのになんでさっきは行かないって言ったの?」と訊いたら「普通に家事とかあるから」と言われた。「そっか、ごめん」と言った。
無理に連れ出す形になって申し訳なかったけれど、二人で川沿いを走った。道を案内する必要があったので、僕が前を走った(だから彼の走っている姿は全然見れなかった)。後ろから彼がゼヒゼヒ息をする音が聞こえたけど、しばらくすると落ち着いた。
走り終えた。パートナーに感想を訊いたら「今まで自転車で走る喜びに上書きされてたけど、走ることはそれはそれで別の喜びがあることを思い出した」と好印象だった。トロヤくんの走りについて「後半急にペースが落ちていた」と指摘された。自分じゃ気づかなかった。しんどくなかった? と訊いたら「最初は呼吸の仕方がわからなかったけど、途中からリズムを掴んで息がしやすくなった」と言った。「どんなリズム?」と訊いたら「それは言えない」と言われた。帰り道は満月がよく見えて、僕は「12月の満月はウルフムーンって言うんだよ」と彼に教えた。帰ってから確認したらウルフムーンは1月の満月だった。
今日は恐ろしく寒かったな。
急に寒い
オノヨーコもそう思っていた。
ギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』を見た。面白かった。親から受けた虐待に人生を方向づけられたようなヴィクター・フランケンシュタインが、自分が作りだした怪物にも同じ仕打ちを与えていた。でも怪物は持ち前のピュアさ(と不死身)で、不幸の再生産とは異なる結末を迎えていた。終盤の展開ちょっと『国宝』みたいだった。目の見えない老人と怪物が対話していくところ、インディーゲームっぽい舞台設定だと思った。怪物の部品にするために、いろんな死体から身体の部位を切り取って継ぎはぎしていく作業のシーンがすごい良かった。ノコギリで脚の骨をぎりぎりまで削ったあと、ねじってちぎり取るみたいな行為のディテールや美術が、まさにデルトロの趣味全開って感じで、おしゃれだった。
どうでもいいけどフランケンシュタインのことずっと「フランケン・シュタイン」と区切るのだと思ってた。”Frankenstein”でひと続きなんだ。子供の頃好きだった漫画『ソウルイーター』に「シュタイン博士」と呼ばれているフランケンシュタインがモデルのキャラがいたから、それの影響かもしれない。
1時。椅子に座っている。姉は今日、『テッド2』を見たらしい。精子バンクで誤って棚をひっくり返して精子を浴びるやつだ。また、今日は金曜ロードショーで『ズートピア』をやっていたらしい。ズートピア2が公開開始したから。2は僕も今月できれば見る予定だ。楽しみだな。ズートピア2では棚の精子ひっくり返して浴びないんだろうなあ。
作業せねば。作業できない。何をすればいいのかがわからない。講評会結構近づいてきてないか。大丈夫かな。大丈夫じゃないだろうな。ほんとにぽかんとしていてさあ。
先日友達と集まって飲み会をしたときに、僕はDに「仕事大変じゃない?」と尋ねた。Dが就職したところは結構激務のイメージがある企業だったから。するとDは「今のところ全然大丈夫。むしろ暇。あと気づいたけど、たぶん俺、周りより仕事できるんだと思う」と言った。Dは仕事ができるタイプのようだった。それは付き合いの長い我々から見ても納得のいくことだった。
やっぱ俺って仕事できないのかなあ。仕事によるか。とにかく、今、ぽかんとしている。

会社の人が自発的に作ってくれたギターのネオンオブジェ、うちに届いた! 諸事情で一定期間借りる。かわいいめちゃくちゃ! 等身大サイズだし、肩掛けできるようストラップもついている。頼んでもないのにこんな素敵なものを作ってくれるのって、すごい優しくないか。誰かがDeath the Guitarのプロモーションのことを思って、アイデアを出して、実行してくれたのだ。開発者の僕が一向にDeath the Guitarの進捗を出さず会社に迷惑ばかりかけているなか。なんというか、涙が出てくる。ありがたいことだなあ本当に。
今日は特に何もできなかった。運動して椅子に座っただけ、良いとしよう。明日も椅子に座ろう。講評会に向けての開発スケジュールおよび展示計画を立て直す。自分が何をしていくべきなのか、明らかにしていく。そして行動する。
3時。寝る。最近、最近、最近すごくなんか思ってることあって、頭をそれが占めていて、それがなんか、なんか、なんか、どうしたものか。寝る前になると思い切ったことをしそうになる。